甘味は喉に詰まる

※青雉さんMっぽい表現有り

くそ野郎。
そんなことを思ったが口には出さずに、ぐっと喉の奥に押し込んでイライラを腹の中に貯めた。

あああ、くそくそくそ。しねよくそ上司。

いつの日か、足から少しずつミンチにしてころしてやる。
俺はそんなことを思いながら廊下に足を踏みしめて歩く。
がつ、がつ、がつ、と乱暴な足音を靴が響かせているが無視だ。
床にキズがいこうが靴が破けようがどうだっていい。

なんで俺が、この俺がいちいちお前の資料やら報告書なんかを届けてやらねえといけないんだ。
しね、しね、しね、一週間に十回しね。

「しね、くそが」

目的地である高級感溢れる扉の前で、俺は思いっきりその扉を蹴り開けた。
俺の鋭い蹴りとともに扉はぐしゃりと歪み、バキバキと音をたてて崩れる。

ああ、少し気が晴れたかもしれない。

しかしそれも、その扉の部屋にいる胸くそ悪い顔を見ただけで俺の機嫌を一気に突き落とした。
あああああくそくそくそくそくそしね。しねしねしねしねしねさっさとしね。

「あーあ、扉壊しちゃって。今日はいつにもまして機嫌悪いねー。どうしたの?」

そんな気の抜けた声で言うそいつ。俺の上司の青雉。俺がイライラしてる原因。
なんなんだよこいつ。なんで扉壊したのに何の反応も見せずにいつも通りなんだよ。困れよ機嫌悪くなれよ胸くそ悪くなれよ俺みたいに。

「お前に、これ届けろって言われたんだよ」

そう言って俺は、そいつの前まで行って、机に思いっきりその紙束を叩きつけてやる。ばん、と物凄い音がしたが知らん。机が壊れようがどうでもいい。

「あ、そうなんだ。ありがとう」

イラッ。

ああ、もうなんなのこいつ。上司の前でこんなに態度悪いんだから怒るか注意するかしろよ。こいつばかなの?
こんなに敵意むき出しにしてるのにいつもと変わらないとか、意味わからないしつまらないししね。

なんで俺はこんなにイライラしてるのにこいつは何も変わらないんだよ不公平だろ。
こいつ本当に不幸になればいいのに。

もうこいつの顔を見るのも嫌なので、さっさとストレス発散に海賊狩りにでも行くことにする。
海軍になったのも合法的にストレス発散できるからだ。そうじゃなかったら海軍なんてくそな職場につくはずがない。だってこんなにもイライラするし上司もむかつく。あああ、いらいらするいらいらする。

「そうだナマエ、貰い物だけどチョコレートあるから一緒に食べない?」

「……は?」

俺が踵を返してすぐにそう言って、大きな箱を出してきたそいつにはもう目を丸くするしかなかった。
突然のことでぽかんとした俺に「あ、今の表情かわいい」と楽しそうに、嬉しそうに笑って言う、その目の前の男。

え、なにこいつ頭狂ってんじゃねえの?なんなんだよこいつ。誰だよ。
ああ、俺の上司か。しね。

どういうわけかわからないが、こいつは俺がなにをしても怒らない。
いや、違うかこいつだけじゃないけれど。とにかく俺はそれが気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がなかった。
だからわざと攻撃的な態度をとったり、反抗的な言葉を言っているというのに、全く気にせずニコニコと笑って優しく何事もなかったかのように接してくるのだ。それが更に恐ろしく、気味が悪い。
キモいキモいキモいキモい。しね。

俺はどうやったらこいつに嫌われるのか、未だにわからない。

「……」

本当だったら、もうすぐにでもしねくそぼけかす言って部屋を出るのだが、そのときの俺は何故かチャレンジャーだった。

きっと今日の星座占いが一位で、司会の人が「新しいことに挑戦すると成功間違いなし!」なんて、満面の作り笑顔で言っていたものだから少し気が大きくなっていたんだと思う。別に占い信じてる訳でもないくせに。

かつかつかつ、と何も言わずに上司の前まで歩いて行く。

とうの上司は、俺が一緒に三時のおやつでも一緒に食べてくれると思ったのか嬉しそうにしている。
その顔の表面をバーナーで炙ってやりたい衝動に刈られつつも、俺は上司の持っている箱を勝手に開けて、高級そうな一口チョコレートを一つ、口に含んだ。

くそ甘ったるくてイライラする。たしか甘いのはキレやすくなったりイライラしやすくなると聞いたことがあった。やっぱりこいつ嫌がらせしてきてるだろ。しね。

「ナマエ、おいしい?」

にこにこ、にこにこ。
俺の目の前で本当に嬉しそうに笑うそいつ。
お前が笑うたびにこっちはイライラするのだ。おいしいわけねえだろくそ野郎。

もう一つチョコレートをつまんで口に含んだ。

がり、がり、がり、と乱暴に噛み砕く。今度は相当な甘さが口に広がった。
俺の目の前にいる上司はといえば、俺が眉間に皺をよせてチョコレートを噛み砕いてるのを見て微笑んでいる。いらいら、いらいら。

俺はチョコレートが口の中の温度ですべて溶ける前に噛み砕くのを止めて、その目の前の上司の肩をがっと乱暴に掴んだ。

「え、ナマエ……」

上司がそうやって言葉を続ける前に、俺は口を塞ぐように唇に口づけた。驚いて目を見開いたのがわかって、少しイライラが消える。ぐっ、と押し付けて、そして舌で相手の口を割りひらいて少し溶けたチョコレートを流し込んでやる。たら、と口の端から溶けたチョコレートが垂れた。

「う……ちょ、ぁ…ナマエ……!」

数秒してすぐ上司がそう根を上げたので、俺は口を離した。

あーあ、俺なにしてんだろ。

何故かことが終わってからそう思って劣等感にかられた。
何が悲しくて嫌いな気持ち悪い上司にキスしないとならないのか考えたが、その場のノリだし考えるだけ無駄なのでやめる。

これは流石に怒られるな。一応謝らないといけないか。
でも、別にこれで怒られて嫌われて海軍辞めさせられても、別にそれでいいかと思った。どうでもいい。

「すみませんちょっと度が過ぎました」

悪びれた様子もなく、棒読みでそう言って上司の顔を見ると、その上司は顔を真っ赤にして焦っていた。
それは、そうだ、まるでファーストキスに照れている乙女みたいな……

なんだか俺は、今までで一番どうしようもなく気持ち悪くて吐きそうになってめまいがして、すぐに部屋を出て水道に口を濯ぎに行った。

思いっきり口を水で洗って、タオルで拭く。何度も何度も血が出るくらい。

え、え、え、なんだあれ。なんだあれ。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
なんだ?なんなんだよあの乙女みたいな反応は!

俺の予想はといえば、なんだよお前ホモかよ気色悪いもう職場くんな、みたいに言われると思っていたのに、とうの上司は何も言わずにただ顔を真っ赤にして俺を見ていた。涙目で。なんだよその初々しい乙女の反応。引くわ。キモい。しねしねしね。

あああああもうなんだよ、わけわからん。誰だよ新しいことに挑戦すると成功間違いなしとか言ったやつ。星占いだもう俺絶対星占いなんて信じないわ。まあ占いなんて信じるほどかわいい思考回路してないけど。今回のは正直悪ノリだったしもう一生あんなことしない。しねしねしね。




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青雉さん好きです。本当です。


 

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