俺にとってのヒーロー
※怪人主
自分が人間じゃなく怪人なんだってことは、なんとなくわかる。俺はいつの間にか存在し、いつの間にか自我を持った怪人だった。 人間とは全く違う構造の、ガリガリで気持ちの悪い体に、頬の痩けた生気のない顔、黒く気味の悪い翼まで背中に生えている。服はボロボロの薄汚れたローブ。 その外見は、どこか死神に似ていた。
自分の名前は、なんだろう。わからない。
何もわからないが、深く考えないことにした。 だって、どうせここには何もなくなるのだ。悲しくはない。
「死ね」
ただ念じるだけで、皆死んでいった。
何故か俺が思うだけで街を破壊できるし、ヒーローとかいう連中だって簡単に倒れる。 俺に攻撃は通用しなかった。何故か見えないバリアーみたいなものがヒーローの全部攻撃を殆んど防ぐのである。このバリアーの名称も、これが何なのかもわからないが多分凄いのだろう。なんせヒーロー達が驚いているのだ。きっと他の怪人には備わっていない機能だと思う。
それにしても、なんて圧倒的なんだろう。人がどんどん死んでいく。別に嬉しくはないが。 ああ、早く皆殺しにしなきゃなあ。何で皆殺し?わからない。なんとなく殺さなきゃ早く早く。
「えっと、死神ってお前で合ってるよな」
ぽん、と後から肩を捕まれた。 そこには多分ヒーローであろう、マントに丸坊主の男。表情からは全く感情が伝わって来ず、俺のことを睨みも怯えも恐れもせず、ただ見ていた。今まで見てきた連中とはまるで違うやつだった。
「先生、そいつです……災害レベル鬼以上の“死神”……」
瓦礫の中から声がした。
どうやらさっき殺したと思ったヒーローだろう。生きていたらしい。やっぱりヒーローというのは頑丈で面倒である。早く殺しておかない
「そうか。わかった」
そんな気の抜けた声がしたと思ったら、パリンッ、という何か硬いものか壊れる音と共に俺の体は凄い勢いで吹っ飛ばされた。 そして、近くにあったビルに叩きつけられる。
一瞬すぎて、何が起こったかもわからない。 あの一瞬で何が?おかしい。パリン、というのは恐らくバリアーが砕けた音だろう。 あの一瞬でバリアーが砕けるレベルの攻撃を?誰が?恐らくあの急に現れた坊主頭に。そんなまさか。
「殺さないと……殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと」
早く、あの、坊主頭を殺さければならない。あいつは邪魔だ。人類を滅ぼすのに邪魔だ。消さないと。殺さないと。今すぐに。早く早く早く。
叩きつけられた体が軋むが、すぐに体制を建て直しふわりと浮かんであの丸坊主に攻撃を仕掛ける。 が、攻撃は全て効いていなかった。
どんなに念じたって、足も、腕も、首も折れない。 触れると細胞が内側から破壊される、変な黒いボールの魔法を当てても効かない。 それならと簡単に作り出せる小さいブラックホールに引きずり込もうとしたが、パンチだけでブラックホールを破壊された。
「な、んだお前、何者だよ」
「何って、ヒーロー」
少し笑って、丸坊主は淡々とそう言った。 ボロボロの俺とは違い、その体は無傷で、どこも傷一つついていない。お前のようなヒーローがいてたまるか。本当にわからない。こいつは怪人以上にヤバい。人間じゃない。化け物だ。怪物だ。
「殺さないと、殺さないといけないのに……殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと」
「つーかさ、なんで殺さないといけないわけ?」
そう聞かれて、言葉に詰まった。 なんで殺さないといけないのか。なんで。 なんでだ?
「……わからない」
「はぁ?」
坊主頭の男は、何言ってんだこいつ、といったような面食らったような顔をして俺を見ていた。
だって、わからないものはわからない。なんとなく、滅ぼさなければならないから殺してるだけだ。別に殺す理由も、義務もない。ただなんとなくだ。 本当に?
「お前じゃあなんで殺すんだよ。楽しいのか?」
「楽しくは、ねえよ」
楽しくはない。 むしろ、虚しい?わからない。
なんで、なんで殺すのか。わからない。だって、どうせ俺怪人なんだから、殺さないと駄目なんだろ。 俺にはなにもなかった。しかしただ一つ、今この地球上で生きている人類を滅ぼさなければならない、という謎の使命感があった。 俺自身、別に人間に恨みがあるわけではないのにどうしてかはわからない。ただ純粋に、ああ殺さなきゃなあとそんな感じだった。きっと、俺が産まれたときにそういった意識が擦り込まれていたのだろう。これは俺の意思じゃない。でも、別に他にすることがあるわけでもない。
「じゃあやめろよ」
「無理、だ。俺、怪人だから」
「じゃあ殺しちまうけどいいのか?」
簡単に、まるで冗談のように丸坊主の男は言ったが、それが冗談じゃないのはわかる。 それでも俺は「……ああ、殺してくれ」と言った。死ぬのに抵抗なんてなかった。
だって、この丸坊主の男がいたのでは、人類を滅ぼすのは絶対に無理である。ならもう俺の存在意義ないじゃないか。何もすることないじゃないか。
──だが、不思議と安心している自分がいる。 だって、死ぬことが出来るのだ。もう何も考えなくていいのだ。もう、殺さなくてもいいのだ。この男が終わらせてくれるのだ。
何故か、この男に救われたと思った。錯覚でもそう思った。
だから、しっかりと見えた拳を振りかぶる男は、まさしく俺のヒーローである。
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