からっぽ優越感
※ローが多少Mっぽい表現
ナマエはよくローを殴る。 それはもう何かあればすぐ拳が飛んでくる。さんをつけろ、生意気な口を聞くな、言われた通りにしろなど理由は様々だが、その拳は手加減なしの全力の拳である。
それを避けられるのならまだいいのだが、ナマエと実力が天と地ほどの差がある今のローにそんな芸当ができるはずもなく、そのナマエの重い拳は大抵ローの左頬にクリーンヒットするのだ。そのせいでローの左頬にはだいたい湿布がはられていて痛々しい。
「ナマエ」
「ああ、ローか……どうしたその頬は」
「ナマエが殴ったんだろ」
「そうだ俺が殴ったんだった」
白々しすぎる、そう思うが口には出さないでおいた。 ナマエはいつも無表情なので、今の言葉が冗談で言っているのか本気で言っているのかわからない。なんとなく後者のような気がするが。 というより安易に口を開けばいつ殴られるかわからないからだ。この前だって急に殴られた。
しかし、ローはなんだかんだで別にナマエに殴られても構わないと思っている。 殴られるのは痛いし跡に残る。それに殴られた直後はじくじくと熱を持って、とてもではないがそれが気になるせいで夜は眠れない。殴られて壁にぶつかって、地面に這いつくばるのは酷く自尊心を傷つけられるし無様だと思う。 それでも。殴られるときだけは、ナマエの視線も思考も自分だけ。他のものは一切ない。ローを見てローのことを考えてローのことを殴るのだ。それだけでどうしてか満たされたような気持ちになって、殴られたとしてもそれなら構わないと思ってしまっている。だからナマエにかまってほしいときは、ローの方からわざと食って掛かったりするときがあるのだが──それは、もはや精神病に近いものがあった。しかし、ロー自身がそもそも気付いていないし、ナマエも周囲の誰も気が付いていないのでそんな事実は無いものになっているのだ。誰も認識してないなら、それは無に等しい。
ナマエは殴るとき以外、ほとんどローを見ない。 目で追うこともないし、滅多に話しかけてくることもない。もちろんたまに会話をしたりはするが、双方とも口数が少なく話す話題もないために会話は一分もたたずして終了してしまう。 そして当て付けのように、ナマエがいつも目で追うのは、あの胸くそ悪い笑顔のあいつである。 今だってそうだ。
「……ナマエ」
名前を呼ぶとナマエは見ていたものから視線を外し、すぐ横にいるローの方を見て短く「なんだ」とだけ言った。それに多少優越感を感じないでもなかったが、視界は奪えてもナマエの心はあいつがずっと持っているのだ。こんなことでぬか喜びしてどうするのか。
ナマエはローを好きだと言った。 けれどそれはきっと嘘っぱちだ。
「……俺のこと好きか」
「そうだな」
安っぽい言葉である。 こんにちはと言われてこんにちはと返すくらいに安っぽい言葉。 それでも、そんな安っぽい簡単な言葉にどうしようもなく嬉しくなってしまっている自分がいて情けない。ナマエが自分を好きなはずがないというのに。
「ナマエ」
そう言った他者の声に、 簡単にナマエの視界を持っていかれ、ローのさっきの優越感はすぐになくなった。
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