どっちも幸福論


ナマエという人物は、なんというか非常識である。
どんなときでもどんな状況でも自分のしたいことをして、場の空気なんてものは基本的に考えない。

「クロコダイル、どっちだ」

だからこそ、誰が見てもわかるくらい機嫌の悪いクロコダイルに、そんなことを言っていつもの笑顔を浮かべながら両手の握りこぶしを差し出すなんていう芸当が出来るのだ。
通りかかった海兵が、そんな二人を見て顔を引きつらせていた。あからさまに関わりたくないと言わんばかりの顔である。まあ、かの七武海の一人が機嫌悪いときは誰だって関わりたくないのだろうが。

「……なんだ」

いつも以上に鋭い目付きでクロコダイルが自分を睨み付けてこようとも、ナマエはまるで気にした様子はなく淡々と告げる。

「あ?だから、どっちだって言ってんだよ」

どうやらナマエは、どっちの握りこぶしがいいか選べと言っているらしい。

普通ならそんな馬鹿げた事を言われれば、ふざけるなと相手の水分を全部抜き取ってミイラにでも変えてやるというのに、そんな気も起こらない自分に頭が痛くなるのをクロコダイルは感じた。
随分毒されてきている気がするのは、多分気のせいではないだろう。不思議なことにナマエを殴る気すらもしてこないのは一体何故なのか。

「おい、クロコダイル聞いてんのか?どっちなんだよ」

「……左」

痛む頭を手で押さえながらクロコダイルがそう答えると、ナマエはフッフッフ、といつにも増して楽しそうに笑い始めた。まるで悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みである。こいつなに企んでんだ。

ナマエがこうやって笑うときは、大抵ろくなことがないことをクロコダイルは今までの経験上で既に理解していた。
こいつはもう三十路過ぎのおっさんだというのに、嘘をついたり悪戯をして、人をからかったりおちょくるのが好きなのだ。これまでに何回かそれの標的にされた事があるが、そういうときは決まって今のような笑みを浮かべている。
それを解っているからこそ、クロコダイルはこいつの嘘や悪戯に引っ掛かったことは最初の一回しかないのだが。

「ほら、やるよ」

一頻り笑った後ナマエはそれだけ言うと、クロコダイルの右手に自分が握っていたのであろう物を握らせると何も言わずに走り去って行った。

右手には何か、小さい硬い感触。

何を渡されたのか。悪戯で、ゴミか虫か何かか。

そう考えて少し苛つきながらクロコダイルが右手を開いて見ると、それはどちらでもなかった。

「……」

光に反射して光るもの。
それは指輪だった。

結構大きめの緑色の宝石がついていて、なかなか値のはる代物だろうというのがわかる。
実は偽物だとか、爆弾だとか、見るかぎりそういうことは無さそうだ。どうやら本当に普通の指輪らしい。

「……チッ」

本当に、何を考えているのか全くわからない。

とりあえずその指輪はポケットにでもねじ込んで置くことにして、クロコダイルは今支配下にあるに等しいアラバスタについて思考を切り替え、その場を後にした。
いつの間にか機嫌が良くなっている自分には気が付かない。

 

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