しとしとと隅から隅まで世界を濡らしていく皐月の日。静寂を包み、きらきら光るセロハンが地面を編んでいく。そうしてできた水溜まりにひとつの影が浮き上がり、やがてわたしの声をかけた。それは長い時間を経て聞く、懐かい響き。


「よう、お前もいたのか」


片手には傘、もう片方には桶を持った銀時がなんてことなさそうにわたしを見ては仄かに微笑む。旧友であり、戦友であり、同志であるにも関わらず、わたしのことを日常のように捉える姿はまさに銀時らしく変わらない彼の風貌になぜかわたしは安心した。


「なんだ、お前傘持ってきてねーの?」
「まさか雨が降るだなんて思わなかったんだもん」
「アホだなオメー。天気予報ぐらい見やがれ」


口では悪態をつくものの銀時の左手にある傘は大きく傾きわたしを入れてくれる。そして目の前にある石を重ねたものの前に銀時は桶を置いて、ひたすらその粗末なお墓を見つめていた。死んだような魚の目をしている瞳には一体どんな想いが込められているのだろう。


「これ、持ってくんない」


動いたと思ったら銀時はわたしに傘を持たせ桶に入っていた水をお墓にかける。さらさらと水が流れ落ちる中で、銀時は目を瞑り今は亡き師を想い祈りを捧げた。わたしも銀時に見習ってお祈りをする。やがて、お祈りが終わったのか銀時はお墓から瞳をそらさないでわたしに聞いた。


「……元気にしてんのか」
「うん、それなりに。銀時は?」
「俺ァ、元気いっぱいだ。ヅラも、辰馬も元気にやってる」
「そっか」


名前の中に、晋助がなかったことに左胸あたりがずきりと痛む。それは晋助がみんなとは違う道を歩んだことを指していて、わたしたちの師匠である松陽先生の前で語って良いものか躊躇われるものでもあった。今まで立ち尽くしていた銀時の肩が突然ぴくりと動きぎらついた瞳をわたしの後ろの景色に向け、複雑な表情を浮かべた。泣きたいような、懐かしむような、切り裂いてしまいたいような。全てが交ざった表情。


「銀時?」
「あー、悪ィな。銀さんはここいらで帰るとするわ」


わたしの頭をがしがしと乱暴に撫でて、銀時は力なく右手を横に振る。せっかく会えたのに、もうお別れか。銀時の不可解な行動に首を傾げながらふと自分の手元を見れば、頭上に透明な花を咲かせていたことをすっかり忘れていた。


「あっ、銀時!傘………!」


果たして、わたしの声が届いたのか届かないのか銀時はただただ静かに手を振ってわたしの前から姿を消したのだった。


「ざまァないな、あいつも平和ボケしてやがる」


打って変わって、現れたもうひとつの影。それは、銀時の声とは異なり低くては荒んだものだ。驚きが身体全体を占めてしまったせいか想うように動けないわたしの横をするりと通り抜ける彼は、墓石の前に片膝をついて座った。


「どいつもこいつもおかしいぐらいに変わらない。あぁ、銀時は別か。剣を振るわなくなりやがった」
「……………晋助」


口からやっと紡いだ名前を持つ、彼はわたしを一瞥して再び松陽先生を象るものに視線を帰した。いまだ降り続ける雨は、晋助の肩を濡らし容赦なくざあざあと音をたてて流れる。わたしが銀時にされたように、傘を斜めにして入れてやると鬱陶しいげに顔を翳した。


「風邪、引いちゃうよ」


構わない。それを口にするのすら億劫なのか晋助は黙ったまま墓石を見やる。


「壊し続けた先ってものを、見たくはないか」


わたしに向けて言ったものなのか、それとも松陽先生に向けて言ったものなのか分からなかったけれど、晋助の表情は複雑そのものだった。泣きたいような、懐かしむような、切り裂いてしまいたいような。同じ悲しみを分かち合う銀時とよく似た、表情。それなのに、いつから違う道を歩み顔を合わせなくなってしまったのだろうか。悲しみとは違った冷たいものが心臓に触れてわたしはいよいよ泣きたくなった。それでも泣かないのは、目の前にいる彼が涙をはべり落とすことを知らないからだ。


「お前は、いつまでそこにいるつもりだ?迎えて欲しいなら今すぐにどうだ、世界を破滅させよう」


傘の柄を握りしめて、晋助の後ろ姿を見つめるわたしに問う。野望を灯した晋助の背には、後戻りの文字など見当たらない。それでも、とおもう。彼の誘いに答えようかと唇を開いたけれど、考え直してわたしは再び閉ざした。
それから無理矢理晋助の手にビニール傘を持たせて数秒の間見つめ合う。


「わたしは、あなたがいつ戻ってきてもいいようにここにいるの」


あなたが平和に生きられないのなら、わたしが。憂い悲しみ全て拭い、分け合い、蓋をしてあげよう。

わたしが彼の前から去ろうとしたその刹那、ぽつりと小さな音を聞いた。それが水音なのか笑い声なのか、晋助の顔が見えない位置にいるわたしには知る手立てがなかった。



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