『喉が渇いた』
「お茶でいい?」
『ありがとー』
「どう致しまして」
『あ、間接ちゅーだ。やん恥ずかしい』
「ふふ、まだ飲んでないよ」
『なーんだ、残念』
少しも残念そうじゃない顔で、お茶を飲んでいるのは同世代であろう女の子。
多分同い年か少し下ぐらい。
俺にはそれしか分からない…だって5分程前に出会ったばっかりなんだから。
「ねぇ、どうして桜の木に?」
彼女との出会いは、白に埋め尽くされた俺の入院生活にとって少し刺激的だった。
彼女は中庭の桜の木に座っていて、桜の花びらの舞う中で靡く黒髪がとても綺麗で、不意にも病室の窓から見入ってしまった。それから、気が付いたら中庭まで来てたって訳。
『どうしてだと思う?』
「…木登りが趣味、とか?」
『確かに木登りは好きだけどハズレー』
「ふふ、残念。正解は?」
俺は、微塵も残念そうじゃない顔で笑った
そうしたら君は、目を細めて笑いながら言うんだ
『私、この桜の木の精なんだ』
俺には、この白い世界で唯一彼女だけが色付いて見えた。倒れてから俺を苦しめてきた恐怖、俺の色がどんどんベットの白のようになって消えてしまうような恐怖感。彼女と話していると、そんな恐怖感から解放されて、失った色が戻ってくるような気がするんだ。
「また会えるかい?」
『…そうね、桜が咲いている間なら』
「例え花が散ろうと、木は生きてる。君は桜の"木"の精じゃなかったの?」
『少年は意地が悪いね』
「精市」
『少年の名前?』
「精市」
『ククッ、それに頑固そう』
「よく言うよ。君も人の事言えないぐらい良い性格してる」
『でも、嫌いじゃないよ』
「俺も」
ほら、やっぱり彼女は俺に色をくれる
心が満たされていく、久しぶりの感覚
出会って間もない彼女にこんなにも執着するなんて、所謂一目惚れってやつかな。
『精市君、私にフォーリンラブなの?』
「さぁ、どうかな」
『なんだ、相思相愛ぃー??』
「君は俺のこと好きなの?」
『名前』
「…名前」
『私の名前。可愛いでしょ?』
「ああ、とても素敵な名前だ」
『私、精市君となら夏も…他の季節も一緒に過ごせそう』
「嬉しいこと言ってくれるね。その時は病院の外で、がいいな」
『デートに誘ってるの?』
「そのつもり」
『楽しみだね』
結局彼女とは夏を迎える事は出来なかったけれど、桜の咲いていた数週間は俺に沢山の色をくれた。
桜の散り際と共に居なくなるなんて、本当に桜の精みたいじゃないか。
(君が桜の精ならよかった。そうしたら、来年の春も会えるだろ)
−−−−−−−−−−
あとがき
此処まで読んで頂き感謝です。
まぁ、補足なんですが
ヒロインは人間です(汗)
病院の入院患者設定なんですが…此処まででもう分かった人もいると思いますが、ヒロインちゃんは余命数週間だった訳です。
後は読者様の想像でヒロインの心情だったりを感じて頂ければ幸いです。
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