臆病な猫の話




13年ぶりに私の前に現れた彼は
とてもみすぼらしい身なりに、こけた頬に、ぎらつく瞳。
なるほど、これじゃ彼が極悪殺人鬼などと言われても誰もが疑わず納得する筈だ。


「…アー、はぁーい、シリウス。」

「やぁ、久しぶりだな」

あなた、随分と老けたじゃない、なんて挨拶もそこそこに
私は彼を浴室へと押し込めた。

おいおい、なんだ、と非難の声を上げる彼は、久方ぶりの入浴に懸念があるらしい。

「だって、あなたったら随分と臭うんですもの。ほら服を脱いで!そんなに嫌なら手伝ってあげるわよ?」


「な、おい!」











「あと2回はシャンプーをしなくちゃね」


あの後、一悶着あったのち
今は私に大人しく洗われている
時折全身を震わせて、私に水滴を飛ばすのは彼のささやかな仕返しか。


「その真っ黒な毛並みを真っ白にするくらいに隈なく綺麗にしてあげるんだから」


「…クゥン」

黒犬、基シリウスは勘弁してくれとでも言いたげに声を上げる。









無精髭も剃って、小綺麗になったシリウスはもの珍しそうに部屋中を見渡している


「レディーの部屋をじっくり観察しるなんて失礼よ」

「やぁ、これはすまない」


まぁ、無理もない
ここは寂れたマグルの街の片隅、そして私はマグルの学校で教鞭をとったのだ。
もともと私の母はマグル生まれで、11になるまで私もマグルとして育てられたので不便はなかった。


「それにしても、どうして…」

ここに?

私は貴方を裏切った
そしてそれは他の友に対する裏切りにも値する。13年前、私は逃げたのだ。貴方からも、魔法界からも。そしてマグルとして平然と生きてきた


「どうして?それはお前が能ある魔女だからだ。そうだろう…パシーちゃん?」

「そう呼ぶのは貴方だけよ、パットフット」

「いいや、ムーニーだって呼んでたさ。忍びやかと言うには些かドジなパシーってな」

「それは貴方が言ってたんじゃない!」

「そうだったか?」




それからシリウスは一晩中、土産話をしてくれた。ハリーがジェームスの生き写しだとか目だけはリリーで見詰められると嘘が付けないとか、セブルスの髪は相変わらずベトベトだったとか

それは捨てきった筈の魔法界への未練を再沸させるには十分過ぎるもので、私は覚悟を決めざる負えないのか。
しかし、今更どの面下げて帰れると言うのか。





「ナマエ、お前が気に病んでいることは些細な問題に過ぎない。お前を置き去りにして逃げたのは俺だ」


「…それは!私のため、結果的に私は共犯の冤罪をのがれた!でも、追いかけようとすれば手はあったのに、私は諦めた」

「それでいい。俺はそれを望んでた」

「その後、誰にも告げず私は姿を隠した」

「同時に騎士団も解散した。残酷な現実から目を背けたのはナマエだけじゃない」


あぁ、なんて優しく温かな言葉
ずっとずっと、許されたくて堪らなかった
こんな薄情な私を、彼は許そうというのか


「じゃあ行くか」

「姿現しだなんて、久しぶりだわ」

「頼むから吐くのは毛玉だけにしてくれよ」

「ごめんなさい、その誓いは守れそうにないわ」

瞬間、目まぐるしく景色が移り変わる。






勇敢な猫は、心に臆病を隠して




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