橙色の中で

黒が風邪になびく、−−−




見てたでしょ、私のこと



「…は?」

「だから、見てたでしょ。私のこと」



一瞬、何を言われてるか解らなかった。
突然やってきた彼女との接触に、息が止まる。

言葉の意味を理解すると
思い出したかのように肺が酸素を取り込み
汗が湧き出る。

放課後の教室に二人だけ
陸上部の掛け声も、吹奏楽部の演奏も、
俺の耳には入ってこない。
聞こえるのは何時もより少しばかり早い自分の呼吸音。

いつまでも返答しない俺に興味をなくしたのか、今まで絡みあっていた視線が解ける
どうやら彼女の世界には音が溢れているようで、逸らされた視線は窓の外に向いている。

彼女の瞳に俺が写らないことに恐怖した
このままでは彼女が俺に視線を寄せることが二度とない気までする。
何とかもう一度振り向かせたくて、声を絞りだす。

「…うん、見てたよ」

「くくくっ、認めちゃうんだ?」

見てたのは 本当。
誰とも群れない、完全な孤立を保つ彼女
そんな彼女が微笑んだんだ
家の庭先に咲く花を愛でる彼女から
部活帰りの俺は目が離せなかった。
普段見ない彼女の一面に興味が湧いたのだ

その後、帰り道に見かけるその家が彼女の家だということも。忘れ去られて誰も世話をしなくなった裏庭の花壇に、毎日水やりをしていることも、知った。

だけど、俺は知らない。
少し低めの声も、喉を鳴らす笑い方も
彼女自身のことは何も知らないんだ。


「君のことが知りたい」

「だから見てたと。で?」

「分かったのは花と読書が好きってことぐらいかな。水田さん誰とも話さないからさ」
「話し掛ける必要性を感じないんだもの。つまり何なの?幸村君は私に恋しちゃったわけ?」

「ああ、結論だけ言うとそうだよ。誰とも群れない水田さんから俺に話し掛けてくれるなんて、期待してもいいのかな」

「…そうね。私は貴方に興味が湧いたの。一日中教室で本しか読んでない人間を観察する物好きな幸村君に。つまらなくない?少なくとも私は退屈だわ」

「そんなことないよ。物静かに読書に耽る水田さんは綺麗で見てて飽きない」


ページをめくる白く細い指
艶やかな黒髪を耳に掛ける仕草
時折もれる満足げな溜息
瞬きに震える睫毛
全ての動きから目が離せなくなる


「だけど俺は水田さんの声も好きだから、これからは話し掛けてもいいかな?」

「私にはそれを規制する権利がないのだから、聞いても無駄でしょ。誰に話し掛けようと幸村君の自由よ。返事をするかは別として」

「そっか、じゃあそろそろ部活に戻るよ」

「時間をとらせてしまってごめんね。忘れ物は見つかった?」

「ノートを忘れちゃてさ。じゃあね、また明日」





−−−−−−−−−−−−

忘れ物を取りにいったら
君がいた的な。
それで投げ掛けられたあの一言





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