25--2009/10/04 巌戸台駅前の商店街。 普段はポートアイランドと比べれば賑わいの落ち着いた、のどかな雰囲気の場所なのだが、影時間のなかでは何処も関係ない。以前、モノレールを乗っ取った大型シャドウを討伐するために通った広いロータリーを覗くと、見慣れた棺のオブジェとはまた別の巨大な異形が2体不気味な沈黙を保っていた。 「うわ、居る! この辺、いつも学校行くのに使うし、暴れられると、マジ困るんだけど…」 「真宵ちゃんの言った通りでしたね」 「うん」 「でも…なんだか、私たちを待っているみたい…」 大型シャドウの出現場所と、大量に発生する無気力症の場所が関係あるのではないか、という予想。 試す価値はあると真田や美鶴の賛同も得て影時間に入る少し直前から商店街に入っていたのだが、まさかこうも上手くいくとはなんだか恐ろしい気がして、風花の言葉に真宵も頷いたが、真田は「そうか?」と挑むような目つきでシャドウを見やる。 「岳羽の予想も当ったことだし、幸先いいんじゃないのか?」 「よくないですってば…」 ゆかりがガックリと肩を落とした。 美鶴が小さなインカムをはめた左耳に手を当てる。 「目標、確認しました」 『そうか、くれぐれも気を付けてくれよ』 「わかりました。…ところで、天田はどうした?」 後から遅れてきた順平が「あ、なんか、部屋に居なかったんスよ」と唇を尖らせた。前回のシャドウ討伐ではチドリに捕えられていた罰ということで、順平は商店街に集合していなかった天田を見に行っていた。言っては悪いが、集合に遅れても不思議ではなかった順平とは違って天田は折り目正しい少年だ。そしてそういうのに義理堅そうな荒垣も、ここにはいない。風花には昨日から「出てくる」と言っていたらしいが――どうしたのだろう。 「…シンジの奴、遅いな。どうしたんだ…」 「あの、急いだ方がいいと思います。もうすぐ、動き出しそうな気配です」 「真田先輩。すみませんが、天田くんと荒垣先輩を探してもらえますか?」 「何…?」 「何か、あったのかもしれません。この中では一番、先輩が適任だと思うから」 お願いします、と真田の目を見ると逡巡を見せたのちに「わかった…」と頷いた。 同行としてコロマルを連れて商店街から離れて行った真田たちを見送って、真宵は「勝手な判断をしてすみません」と美鶴に謝った。しかし美鶴は「いや、あのままの明彦では雑念があっただろうし…。何より、私も気にはなっていたからな」と頷いた。 その瞳が真宵から離れてシャドウをキッと睨みつける。 「私達は、目の前の敵を倒すことだけを考えよう。行くぞ!」 「はい!」 「うっし!」 「了解しました」 『バックアップ開始します! 気をつけてください!』 散開してロータリーのなかに走り出す。 雲の裂け目から溢れる月光から姿を見せた2体のシャドウは、真宵たちを確認するとまるで咆哮のような威圧感を放った。月光が反射してキラキラと光沢を放つ機械仕掛けの獣――有名なスフィンクスという想像上の怪物に似た、運命のシャドウに斬りかかろうとした真宵の動きを遮るように、視界が花びらの嵐に覆われた。 「っ、何!?」 「アイツ、何かしたの!?」 『運命タイプの反応が消失! 剛毅のシャドウが、何かしたようです!』 フフフフフッ 愉しそうな笑い声を上げる、剛毅のシャドウ。 刺々しい柵に囲われた花々の中に立つ、一輪の花を持った金髪の女型――その顔に覆われた仮面がぬらりと妖しい輝きを放って笑い声を響かせている。 『今は攻撃できませんね…まずは剛毅タイプから倒してください!』 「一点集中! こっちの方が上だって思い知らせてやるよ! ヘルメス!!」 「パラディオン!」 順平が召喚したヘルメスのミリオンシュートと、アイギスが召喚したパラディオンの電光石火が、剛毅のシャドウにぶつかる。貫通と打撃の合わせ技が直撃した爆風が辺りに舞い上がる。多少のダメージにはなったはず、と思った矢先に、爆風がグオンと波打ち、衝撃波となって押し寄せてきた。 「ぐはっ…!」 「…つう!」 「大丈夫かっ!」 「なんとか…! ありがと、アイギス」 「いえ」 間一髪、真宵との衝撃波の間に現れたアイギスがいくらかダメージを緩和していた。 『…そんな、今の攻撃で体制を崩さないなんて! …! みなさん、避けて! 上から!』 風花の声に真宵もアイギスと一緒に大きく跳躍して後ろに下がると、大きな音を立てて何かが落ちて来た。 『な、何これ!? ルーレット!?』 「あのスフィンクスもどきかよ…!」 順平の声に見やると、落ちて来た巨大なルーレットの上に運命のシャドウが飛び乗る。 ガシャンという音と共に、ルーレットは回り始める。赤と青の色に分けられたルーレットに「ゲームをしているつもりか」と美鶴が忌々しげに言うのを聞いて、 「ストップ!」 「ちょ、真宵!?」 「乗るかよ、普通!!」 叫んだ真宵の声に反応して、ルーレットの動きがゆるゆると鈍くなっていく。 そして、その針が青に止まった。その瞬間、運命と剛毅のシャドウがぐらりと揺れたのが見えた。 「な、何?」 『あのルーレット、止まった目によって色んな効果を発生させるみたいです。赤の目に止まるとハズレみたい…こっちに不利な事が起こるようです。今のは青…向こうにダメージが当たったようです』 「厄介な能力だな…。赤だった場合はこちらがダメージを受けていたのか」 「青だったからよかったけどよ!!」 「しかも、運命タイプには今攻撃できないって…ズルすぎんのよ!」 ゆかりがイオを呼び出して全員が淡い光に包まれ、体力が回復する。 真宵は付かず離れずのアイギスに声をかけた。 「アイギス、今のルーレットの仕組みわかる?」 「針の止まるところから計算するに、特定の場所で停止を号令すればある程度予測するところに止めることが可能です」 「なら、次からはアイギスに頼むね。任せたよ!」 「了解しました」 「…これ以上、近付くんは無理やな」 爆風と爆音の上がる場所をビルの屋上から双眼鏡で覗いていたジンは忌々しげに舌打ちした。 チドリが奴らに捕まっているだろうという状況を鑑みるに、奴らの中にチドリと似た情報支援型のペルソナ使いがいるはずである。しかも、電波ジャックのような妨害を得意としていたチドリとは別の系統であろう、そのペルソナ使いは探索の範囲が広いに違いない。 ジンのハッキングを駆使しても、桐条のデータベースに入り込むには難しく、結局満月を迎えるまでにそのペルソナ使いが誰かを特定することはできなかった。桐条の令嬢である女かとも思ったが、あの女は本来戦闘に重きを置いているため、情報支援には役不足。 ここにそのペルソナ使いがいるかはわからないが、迂闊に近付くと察知されかねない状況だ。 あいつら全部吹っ飛ばせたらすかっとするやろなあ、と眼鏡の奥の目を細める。 「にしても、数が足りんとちゃうか?」 ひとり、ふたり、と数えていく。 確認できる限りでは四人とペルソナを扱える特殊な装備をした一機だ。バラエティー豊かと言えるような犬のペルソナ使いを省いたとしても――あの荒垣の姿がない。クソ、情報が足らんな、とジンは歯がみした。タカヤは「私は少し別行動をします」とここから離れている。 シャドウは2体、場合によっては彼らが返り討ちになる可能性もある。 そう言ったタカヤの言葉を思い出しながらジンは情報収集のために双眼鏡をもう一度握りしめた。 →中編 |