24--2009/10/03 「真宵さん、朝であります」 「……、っん〜…あふ…」 起き上がった真宵は背伸びをして、おはよう。アイギス、とまだ半分寝呆けた状態で挨拶をした。 アイギスも「おはようございます」と返してくれる。 「では、玄関で待っているであります」 「ん…わかった」 頷く真宵を確認すると、アイギスは部屋を出ていった。寝癖で乱れた髪を掻き上げて、またひとつ欠伸をした。 随分慣れたなあ、と思う。 最初、目覚ましが鳴る五分前に起こすという(アイギス曰く五分前行動らしい)こと、そして人に起こしてもらうことなんて今までなかった真宵は戸惑ったりもしたが、今ではアイギスに起こしてもらうのが少し楽しみな部分がある(だから実は寝るとき、施錠していなかったりする)。 顔を洗わなきゃ、とベッドから降りてから、これも慣れなのかな、と昨夜捻った足首を見た。腫れて熱くなっていたため、寮に帰ってから湿布を貼っていた。しかし今、痛みも熱さも嘘のようになくなっている――一晩、いや数時間で完治してしまった。 いよいよ、異常という言葉が頭に過ったがむしろ便利な能力ではないかと切り替えて、真宵はいつも通りの朝を始めた。 「ワン! ワン!」 「おはよー、コロマル」 尻尾をパタパタと振って近づいてきたコロマルの顔を両手で包んでマッサージするように撫でる。むにーっと口の端を伸ばされるが、コロマルはされるがままになってくれている。 そうしていると「早く行かなくていいのかよ」と後ろから声をかけられた。階段を下りてきた荒垣は、コートも着ていないタートルネック姿だ。 「わ、珍しいですね。朝はちょー弱いんじゃないんですか?」 「…誰から聞いた」 「真田先輩です」 「あのヤロー…」 「先輩って寝たらなかなか起きなさそうですね」 「……んなことより、足はいいのか」 「あ、あんまり酷くなかったんで、すぐに治りましたよ」 まさか訊かれるとは思わなかった。いや、荒垣の性格を考えれば訊かないまでも気にしそうだが、不意討ちだったせいで少し言葉がまごつく。その言葉で納得したのかわらかないが、荒垣はとりあえず「そうか」と言った。 玄関まで歩く真宵に、荒垣はラウンジのソファーに座るでもなくついてくる。もしかして見送ってくれるのだろうか、とドアに手をかけると、 「真宵、…気ィつけて行けよ」 「はい、…あ」 「ほら。行け」 そのまま荒垣に背中をポンと押されて、真宵は開いたドアから通りに出された。すぐ下りる階段に足をとられそうになりながら、ぐっと堪える。 今。 聞き間違えじゃなければ。 「だから、気ィつけろっつったろ」 「お、押すのは危ないに決まってるじゃないですか!」 「ハハ…そうだな。アイギス、こいつの面倒見ろよ」 「了解です。真宵さん、まずはHRに間に合わなくてはなりません。急ぎます」 ギュッと手を引っ張られて真宵はアイギスと一緒に駆け出した。 「いよいよ、明日だよなあ。ひー、ふー、みー……5回目だって分かっても慣れねーよ。こればっかはさ」 カツサンドのラッピングを剥がしながら順平がしみじみ言う。 昼休み。 普段も一緒に食べるわけではないが、満月が近くなると自然とゆかりや順平、真宵も一緒に昼食をとっていた(アイギスは見回ってくると言っていない)。理由は簡単で、明日の討伐作戦が頭を離れないからだろう。 「それをここで軽々しく口にしてるあたり、慣れだと思うけど」 「7月の時は、順平、すごくソワソワしてたしね」 「うっ…そう? え、そんなに顔につーか、態度に出てた?」 笑っているような困っているような、変な顔をして順平は訊いてくる。企み事か、あるいは隠し事――例えば点数が悪くて隠していたテストの答案用紙を見つけられたような気持ちだろうか。 「案外そーゆーのって、自分は自然にしてるつもりが逆に不自然ってこと。順平の場合は、わかりやすい」 「お…オレの場合は根が素直すぎんのっ」 「ふーん? 素直すぎて痛い目にあったのはどれくらい?」 「ぐっ…」 「具体的には昨日だよね」 昨日の話題に触れた真宵の一撃がトドメだったのか、順平は「ぐはあっ」と崩れ落ちた。 朝から起きている荒垣に、遊んでほしいのかコロマルは尻尾を振って艶々とした瞳を向けていた。 しかし、荒垣が今から入るのは自室だ。 「……。…部屋片すんだから、コロちゃんは外だ」 「クゥーン…」 本当に賢い犬だ。 荒垣の言ったことをちゃんと理解したようで、悲しそうな鳴き声とペタリと下がった尻尾で残念さを全身から溢れさせている。 その姿にぐらりと心が揺れた荒垣だったが、そこは堪えてコロマルの手触りのいい頭を撫でると、悪いな、と言って部屋に入った。 部屋を片付けると言っても、荒垣の私物は部屋の広さと比べてあまりにも少ない。段ボールのなかのものを確かめて、整理し直してまた詰める。 そんな作業は一時間とかからずに終わるはずだったが、雑誌を並べていた手が止まった。月ごとに買っていた雑誌が一冊足りない。 「……、…あいつの部屋か」 取りに行くしかないか、と部屋を出ると、コロマルが駆け寄ってきた。いや、悪い、忘れ物を取りに行くだけだ、と3階に上がる。 通路の一番奥の部屋――真宵の部屋のドアを開けた。 「本当に無用心だな…」 カーテンが開けられ、光が入っている。初めて入ったときも思ったが、女の割に目立った個性もない。早々に出ようかと、目的の物を探すと勉強机の上にある棚にきちんと置かれていた。 「? …なんだ」 抜き取った雑誌にいくつか付箋がしてあった。 荒垣は付箋などせずに、ページの端を折るから、消去法でも犯人は真宵だと分かる。付箋の貼られたページをめくっていく。 ハロウィンに合わせたカボチャを使った料理。 クリスマスのホーム・パーティやケーキ。 正月の御節料理。 そういえば、季節や行事の料理の特集を組んでいた雑誌だった、と気付いて苦笑した。 どれも、この先にあるだろう未来の話。「これが食べたいです」と更に貼られた付箋は、その未来に荒垣がいるということだろう。 当たり前の日常を愛おしく思う荒垣の横で、その先の日常を願っているのだろうか。その先に、居場所があると言ってくれるのだろうか。 「……ホント、馬鹿だな」 →後編 |