intermission | ナノ


intermission――2009/10/04


 誰かに負ぶさるなんていつ以来だろう。

 カツンカツンと静かに響く足音と一緒に舟を漕ぐような揺れに、始めは緊張して張り詰めていたが、今までの疲労もあって緊張は続かず、ぐったりと荒垣の背に体を預けた。
 このまま眠れそうな気もするが、捻った足首は熱を持ってその存在を主張する。痛い、けど、心地いいなんて矛盾している――その感覚を最近味わったような――ああ、荒垣と居るときだ、と気付いた。

 一緒に居るだけで嬉しいと思うのに、荒垣の言動に一々傷ついている。両親が死んでから、この学園に転入するまで、真宵自身それ程、交流関係が広かったわけでも、ましてや深かったわけでもない(一つ所にここまで滞在したことがないからかもしれないが)。
 荒垣と居ると感情の処理の仕方が分からなくて困る。

「先輩って、誰かの世話を焼いているときが一番生き生きしてますよね」

 だから真宵は、顔を見られなくてすむこの状況の力を借りることにした。
 予想通り、荒垣は「なんだ藪から棒に」と訝しげな声を返すが振り向いたりはしない。

「…大体、今、一番世話焼かせてんのは誰なのか分かってんのか?」
「私ですよね」

 相槌を打ちながら、真宵は今まで荒垣としていた会話を思い出しながら喋る。

「みんなの健康面を気にしたり、料理してるときは特にそうでしたよ。先輩がなんだか『お母さん』に見えました」
「お母…さん…」
「だから、時々先輩を見てると寂しいのかなって思ってました」
「………」

 関わる時間が増えるごとにその推測は確信になって、そんな人がなんで独りで居ようとするのかが気になった。結果として、真田は知っているのだろう過去が原因なのだとは分かった――そして、それに触れることを真宵は止めることにした。
 懐中時計の件もそうだが、知らないからと言って荒垣の過去に囚われてしまうよりも、荒垣に伝えたいことができた。

「先輩、言いましたよね。真田先輩を頼むって」
「ああ…」
「私の頼みごと、訊いてくれますか?」

 真宵の言葉に荒垣は「聞くだけならな」と以前真宵が言ったような言い回しをした。それに苦笑しつつ、真宵は荒垣の肩に回した手にそっと力を込める。

「居なくならないで下さいね」
「…、…」
「違う、かな。先輩にも前を向いて欲しいんです」

 荒垣が息を飲むのが伝わる。
 ああ、やっぱり当たらずとも遠からずかもしれない、と真宵は思う。未来(さき)の話をすると、あやふやにされてしまうのを本当は知らぬふりで済ますべきだったのかもしれないと話している今でも思う。

 それでも、今じゃなきゃいけないと、

「思い出が前を進むためにあるって言うなら、先輩も前に向いて下さい。…人が背負えるのは自分のものだけです。だから、数ある選択肢を排除して選んで決めた道を、それを、他人のを、背負うなんて傲慢なだけかもしれない。でも、……そばに居ることはできます」

 その未来(さき)で、荒垣と一緒に笑っているのが自分じゃなくても、荒垣が笑っているならずっといい。寂しそうな笑みをしなくて済むなら。

「………」

 怒るかな。
 随分、勝手な話をしてしまった。もしかしたら全部検討はずれだったかもしれない。無言だった荒垣が、真宵の言葉に耳を傾けていたのか、無視していたのかもわからない。

 だが、しばらくの沈黙のあと、フッと笑った気配がして、「お前の方がよっぽどの世話焼きじゃねえか」と荒垣が言った。
 それは真宵の言葉に対する明確な返事でもなかったが、なんだかああ届いてないわけじゃない、と真宵は荒垣の肩口に額を置いた。いつかの荒垣が真宵にしたような仕草だ――本当に甘えているみたい。

「…先輩が好きだからですよ」

 するりと出た言葉。

「からかうな」
「からかってませんってば」

 それに対して、荒垣も普通に返してくるから真宵は笑い混じりに「ホントですよ」と言った。