23-2 | ナノ




 最近、こんなのばっかり。

 眩むほどの光のなかから出た先は暗闇で、真宵は足元のおぼつかなさにたたらを踏んで足先をガツンと何かにぶつけた。何、何、と手元を探ると曲線を描いたカーブと質感に、学校にある椅子が思い浮かぶ。見えていないが、足を椅子にぶつけたらしい。ということは、ここは月光館学園の中――どこかの教室だ。

 おかしな空間に飛ばされはしたが、ちゃんと戻って来れた。
 そのことにホッとしたのも束の間「誰かいるのか」という声が聞こえて口をてのひらで押さえた。学校、ということは警備員が居てもおかしくない。どうしよう、どうしよう、としゃがんで気配を殺した真宵に足音が近づく。
 やがて足音が止まった。

「シンジ? 美鶴?」
「…真田先輩?」
「日暮か」

 少しだけ見えてきた輪郭に真宵はドアを探して慎重に開ける。
 廊下に立っていた真田は「こんなところに飛ばされていたのか」と言う。

「先輩、しっかり立ってますね…」
「ん? ああ、最初は少し眩暈がしたが」
「鍛え方違いますね。やっぱり」
「しかし、エントランスでもこんなところまで飛ばされるとは思わなかったな」

 真田は肩をすくめると「他の奴らも探すか」と歩き出したので真宵も後を追った。
 まだ少しくらくらしていたので、しばらく真田の後をついていたのだが、この暗さの割にしっかりと歩いていることに気付いた。

「先輩、かなり足取りがしっかりしるんですね」
「中等部だからな」
「? あ、ここ中等部?」
「階段降りるぞ」

 そう言って降りていく真田のようにはいかず、真宵は慎重に足を一歩出した瞬間、

「いやぁあぁぁぁああぁぁああああっ!!」
「!? わ、あっ!」

 絹を裂いたような悲鳴が聞こえたのに注意が向いてしまって、足元がぐらりと揺れる。
 しまっ、た、と思ったが手すりに腕が伸びない――落ちる!





 そこを通りかかったのは偶然だった。
 複数の声がして、警備員ではないだろうことはわかったから声をかけようとして階段を上ろうとしたときだ――遠くから悲鳴が聞こえて、それとは別に何かが上から落ちてきた。とっさに受け止めた荒垣の耳に「大丈夫か、日暮!」と声が聞こえて、抱きとめたのが真宵だとわかった。

「オメー、なんで落ちてんだ」
「さっきの悲鳴に驚いて…」
「シンジか。さっきの悲鳴はわかるか?」
「桐条…なわけないか」

 誰だろうな、と思い当たらない荒垣と真田に「ゆかりかも」と真宵が言った。
 真田は「ああ、なるほど。なら俺が見てくる」とすぐに納得したのか、荒垣と真宵を置いて悲鳴の聞こえたほうに向かってしまった。おい、待て、と追いかけようとして「痛っ」と小さな声が上がった。




「わー、真宵ッチ。すげえ格好…」
「順平のセクハラー」
「ち、違うやい!」
「おい、上で騒ぐな」

 抗議の声を荒垣が上げると「すみません」「すんません」と二人が口をそろえる。
 校門で集合しているメンバーは美鶴と風花と順平、そして最後に来た荒垣と真宵だ。ゆかりを無事保護した真田と、天田とコロマル、アイギス(は護衛として)は先に寮へ帰ったらしい。美鶴は校門に鍵をかける必要があったためで風花と順平はその美鶴を一応護衛兼出迎えのつもりで残っていたのだと順平は説明する。


 ギィイイィ―――ガチャン


「よし、それでは帰ろうか」
「お疲れさまです」
「で、真宵ッチはそのまんま帰んの?」
「・・・は、さすがにまずい、よね。あ、でも荒垣先輩だし・・・」

 俺だからなんだってんだ、と風花の言葉に突っ込みたいのをぐっと押し込める。
 美鶴は「悪いが、私もSPは尽きた」と首を振る。順平もそれを受けて「オレも〜。お手上げ侍」と武器を持ったままもろ手を挙げた。風花は申し訳なさそうにこちらを見る。
 よくよく考えれば、回復魔法できそうなメンバーはすでに寮へと帰っていた(まあ返った面子もまさかこういう事態になっているとは思っていなかったのだろう)。

「あー・・・けんけんの要領ならなんとか」
「それで帰れるって本気で思ってんのか。朝までかかるぞ」
「荒垣がこう言ってるんだ。日暮、言葉に甘えてしまえ。気になるようなら、私たちで壁くらいはできるだろう」

 決定だな、と言わんばかりの美鶴の表情にもはや言葉もない。
 確かに「けんけん」で帰られるよりはマシだし、先ほどまで走り回っていた順平には荷が重いだろう。それにしたって――とは思うが、諦めた。アイギスの姫だっこや、真田が背負うことがなかったというだけマシだと思っておこう。

 帰り道、本当に壁のように風花や美鶴、順平が囲んで歩いていると、「あ、これって騎馬戦みたいな感じかな?」と風花が言った。真宵は「うーん・・・」としばし考えるような唸り声を上げると、

「騎馬戦なら、一番軽いのは天田くん? あ、コロマルかな」
「オイオイ、そんな幅広くていいのかよ。つか、この中で一番軽いなら風花じゃねーの?」

 バカ。
 荒垣が内心で呟くと同時に、

「・・・どういう意味だ、伊織」
「・・・それは理由を是非聞きたいね」

 静かな怒気を含んだ美鶴と真宵の声に「えぇ!?」と順平はひっくり返った声を出す。

「い、いや・・・ほら、風花って運動部入ってないじゃん! 運動部してる奴らってほら、筋肉で体重がその分・・・な! ね、荒垣サン!!」
「俺に振るな・・・」
「いや、でも、ここで助け舟出してくんないとオレッチ・・・ちょっ!」


 ぎぃやあああああああああ!!!


 本日二度目の悲鳴が空しく街中に響いた。




2009/10/03