その言葉が一瞬呆けた俺の頭に血を巡らせた。 「だったらッ、なら尚更一緒に行くべくだろうが!」 「七代……。きみの言葉は、……温かいな」 「…ッの、宇宙人!!」 「おれには……やらなければならないことがある。―――七代。もしもきみの内に秘められた力が、おれが思うほどに大きいものなら、あるいは―――――――」 「雉明クン……? 何……? いま、何て言ったの!?」 最後の方は小さくなって耳に入らない。 雉明は俺が怒って、武藤が心配しているにも関わらず、あのときの表情、泣き出しそうな顔で微笑んだ。 「危険な目に遭わせてすまない。……ありがとう、七代、武藤」 そう言って雉明が俺と武藤の腕を放しただけなのに、身体がそれ以上の力で押されるように奥へ飛ばされ、扉の方に辿りついていた。それと同時に治まっていた崩落も始まりだして、瓦礫が落ちては砂埃を上げる。俺は扉の中から飛び出しそうな武藤を押さえながら、武藤と同じ一点を見つめる。 雉明がこちらを見たような錯覚を覚えた。 「雉明クン……」 「武藤、これ以上は無理だっ」 「でもっ、でも…!!」 涙を溜めて見上げる武藤に俺は、ごめん、と謝って洞窟から脱出させるしかなかった。 さっきまでの崩落も、隠人との戦闘も嘘のように樹海は静かだった。 何とか風穴から脱出した俺と武藤を引っ張り上げてくれた伊佐地センセに雉明のことを説明すると、地震が治まったあとすぐに探しに行ってくれた。武藤は風穴に入ると伊佐地センセに願い出ていたが「待機命令」を出されて風穴のそばにある岩の上に座っている。 目元は少し赤く腫れていて、陽の光に当ると余計に痛々しく見えた。 俺はポケットからハンカチを取り出して小川で洗って軽く絞ったあと、武藤の頬に当てた。冷たさからなのか武藤はビクリと反応して顔を上げる。 「…七代クン」 「そのままだと傷が化膿するかもしれない。少しだけでもいいから拭いておいたほうがいい」 「うん……うん、ごめん…」 「隣に座っていいか?」 ハンカチを顔に当てて俯いた武藤の頭がコクンと下がる。 ありがと、と言って隣に座らせてもらう。 小さく、武藤の嗚咽が聞こえた。かける言葉もなく、俺は武藤の後頭部をそっと撫でたとき、風穴から伊佐地センセが出て来た。武藤も顔を上げて伊佐地を見てから俺は訊ねた。 「センセ、雉明は…?」 「……雉明はどうやら、崩落の際に出来た崖側の穴から脱出したようだ」 「なら、無事なんですよね」 確認をとった俺に伊佐地センセは頷く。 それに安堵の息を吐いた俺と武藤に、伊佐地センセは頭をがしがしと掻きながら「……まさか、こんな事になるとはな」とこぼした。武藤はポツリ、と呟く。 「雉明クン……どうして行っちゃったんだろう……」 「武藤…」 「……やっぱり、あたしたちのコトなんて全然信じられなかったのかな」 また泣きそうな武藤の頭を撫でて、俺は下手くそでも笑顔をつくる。 「言ってただろ、…やらなきゃいけないことがあるって」 「七代クン…」 「無事に脱出したなら、それが何かも含めて、いつか言ってくれる日も来るだろ。まあ、そん時は、武藤と俺で嫌ってくらいに怒って……一緒に飯食って、あいつの高座を観させてもらおう」 それに、今思えばあいつも予想外のことだったんじゃないだろうか。 今一こちらには要領の得ないことを言ったりしていたが、どの言葉も雉明の「本当」のことを喋っていたんだろう。だから、いつか話す、と言ったことも、一緒に飯食うのも、落語については努力するまで言わせてとりつけたいっぱいの約束がある。 「そうだよね。疑っちゃダメなんだよね。信じるって決めたんだから」と言うと武藤はすくっと立ちあがるとパシンッと両頬を叩いた。 「うん、大丈夫! ごめんね、弱音吐いて」 キラキラと光る武藤の眼に俺は自然と口元がゆるむ。 ああ、俺なんかより武藤のほうがずっと強い。伊佐地センセは「大丈夫そうだな」と俺達に言うと、険しい表情を見せた。 「……あいつの事はすでに上に報告してある。何処で何を始める気が知らんが封札師である以上、勝手な真似はさせん。それに―――雉明の正体が何であれお前たちはまた何処かで出会う事になるはずだ」 「え……?」 「封札師同士、カミフダを巡って―――な」 「あ……。そっか……うん……きっとそうだよねッ」 武藤の言葉に俺も頷く。 伊佐地センセも頷いて、 「ああ。その時の為に、お前たちも欠かさず訓練を―――」 機械音がピピピッと鳴った。 伊佐地センセが忌々しげに「……ちッ、誰だこんな時に」と舌打ちをすると通話ボタンを押して耳に当てた。 「はい、伊佐地」 「…そうだよね、封札師になったって言ってもあたしたち新米なんだよね」 「雉明が戻ってくるときには俺達は一足先に先輩ってわけだな」 「あははッ」 「――――――!! 間違い……ないんですね? ……わかりました。早急に担当者を派遣します」 電話を切った伊佐地センセがこちらに向き直る。 詳しい内容はわからなかったが、「担当者を派遣」するということは、つまり。 「伊佐地センセ、いまのって、もしかして……」 「都内の高校で隠人らいき異形が目撃されたらしい」 「隠人が……? ってコトはもしかして近くにカミフダがあるってコト!?」 「そうだ」 都内の高校って、なんだか急に現実味が増したな。 カミフダが祀られる傾向にあるとか言うから山やら洞窟やらに派遣されると思っていたんだが。 「くそッ、よりによってこんな時に……」 「こんな時?」 「ここ数日、目撃報告が相次いで担当者は皆出払っているんだ。―――この場を除いてな」 俺と武藤の目が合った。 「それじゃ……さっそく初任務だッ!!」 「―――武藤」 「は、はいッ!!」 伊佐地センセの声に武藤はキリッと表情を正す。 「お前はこれから京都にある国立図書館の関西館で補講」 「やったー!! ……え?」 拍子抜け。それが目に見えて俺はハハハと苦笑い。 まあ、この場にいる封札師で派遣となるなら、俺と武藤じゃありえないだろう。 「お前は実技はまだしも、知識面に不安がありすぎる。向こうにうってつけの担当官がいる。しっかり勉強して来い」 「うえええ〜……」 「―――七代」 「はい」 さて、武藤と俺を別々に呼んだのは補講すべき場所が違うということか。 何処でもいいができれば本州の方が移動は楽だよなあ、と俺が立ちあがると、 「今回の件に最も適しているのはお前だ。行ってくれるな?」 「……はい?」 え、なに何処へ、と聞き返す俺に「行ってくれるな?」と伊佐地センセは再度言う。拒否権はないってことか…なんだよ、やっぱ教師じゃなくて自衛隊か。 「はい、行きます」 「よし、しっかりやってこい。行け」 「行けって…」 「詳しい事は後でメールする。まずは現地へ向かえ。場所は新宿―――鴉乃杜學園だ」 この人、鬼教官だ。間違い無い。 一昔のギャグを思い出しながら俺はそう愚痴った。 →第壱話へ |