23 | ナノ


23--2009/10/02


 ドォオオオンッ


 爆煙のなかを掻き分けて抜け出た順平は、ヒイヒイ言いながら走っていた。
 汗で刀の柄が滑りそうになるのを堪える。本当はギャアアアと叫び声を上げながら逃げたい気分だが、脳が、そんな暇があるなら走れ、と身体に叫んでいた。

 つか、ありえねえ、ありえねえからコレ!

「っ…うおっ!?」
「順平っ!」
「お、お…おお!!? 真宵、後ろっ!」

 別の爆煙から出てきた真宵に順平が安堵する間もなかった。
 真宵と一緒に現れたシャドウ――蠢くティアラと呼ばれる冠を戴く女性物のカツラのようなものが、触手のように銀色に輝く髪を伸ばすのと同時に真宵は順平の声を受けて、抜き身の召喚器で頭を打ち抜いた。


 ピキキッ


 真宵に触れようとしていた髪が周囲の温度が下がるのと一緒に止まり、粉々に砕けた。順平はすかさず真宵の腕をとって回廊の角を曲がる。

「ぜえ…ぜえ…、っくそ、うようよ、うようよしやがって!」
「は、はは。真田先輩が居たら喜びそう…」
「居たらますます面倒なことになってたっつーの!」
「だよねえ」

 真宵の冗談に順平は体力を振り絞るように声を上げた。今のメンバーに真田が居たら面倒な上にシンドいだろう。満月を明後日に控えた今夜の探索は、連続でシャドウが大量発生の階層を動き回るというハメになっている。そこに昨夜もジョギングしていたという真田――今より状況が悪化するに決まってる。
 実際、魔弾の砲座が放つ砲撃に加えて白銀の武者が斬り込んできたせいでメンバーはバラバラになっていた。

 真宵から受け取ったチューインソウルでSPを回復させた順平は、すかさずアギラオで角から出てきたマジカルマグスの顔面を仮面ごと焼いた。
 背中から伸びたてのひらのようなものが異質だが、道化師のような姿で火炎に身をくねらせている姿はまるで人のようだ。順平と真宵はトドメを刺さずに逃げる。

「とにかく、このままっ! …また上に逃げて同じ目にあっていたら底が尽きる!」

 吠えるように叫ぶ真宵に負けずに順平も言う。

「じゃ、どうする!?」
「絶対にエントランスへ通じる転送装置があるはずだからそれで戻ろう!」
「それが一番いい……なぁ!」

 前方から躍り出たティアラを刀で両断する。
 本当にキリがない。真宵が「風花! 先輩とゆかりは!?」と訊くとすぐに『桐条先輩とゆかりちゃんにも連絡しました。二人も転送装置を探しています!』と反応が返ってくる。

『でも、それより時間が…!』
「えっ?」
「何!?」

 順平と真宵が聞き返す間もなく風花の悲痛な声が上がる。
 
『ダメッ…弾かれ…ッ!』
「!!」

 ぐにゃり、と床に足が吸い込まれた。





「いっ…いったあー!?」

 ドサッという音と共に叩きつけられた真宵は思いっきり後頭部を打ち付けてのたうち回った。
 が、すぐに気持ち悪さが追いかけて来て声も出なくなる。ぶつけたせいでなく脳みそを思い切りシェイクされたようだ。

「ゲホッ…ゲホッ、ゴホッ…、う〜…」

 口元を押さえながら顔を上げた真宵は、言葉なく呆然とした。
 タルタロスで影時間を超えてしまい、文字通り『弾かれた』のはわかる。しかし、何故学校ではなくこんな――黄金色の砂に覆われた大地に埋もれた、たくさんの扉。でも、見たことがある。どこで、と痛む頭を押さえて考える。
 どこの世界にもないこの光景は――そうだ、夢で見たんだ。

「……」

 砂に足を取られながらも起き上がる。
 なんで、夢を見ているのかわからない。最近、そういうことが増えている気がする。
そう思って頭に浮かんだ少年の名前を呼んだ。

「ファルロス? …ファルロスっ?」
「誰を探しているの?」
「わっ!? あ…あの時の…夢、じゃない?」

 気配もなく現れたのは夢で見た妙齢の女性だ。
 女性は「そうね」とすんなり頷くので驚いた。

「夢じゃないんですか?」
「貴方は眠ってここに来たわけじゃないでしょう。なら違うわ。でも、貴方の内なる世界よ」
「内なる世界?」
「現実と夢の狭間。物質と精神の狭間の世界」

 聞いたことのあるようなフレーズを口にする女性の横で真宵は周囲を改めて見た。これが自分の『内なる世界』と言われても実感がない。こんな一面の砂と無数の扉の世界が自分のなかにあるものなのか。そうやって眺めていたが、はっとする。

「あの、私、どうやって戻ればいいですか?」
「…扉を開ければいいわ。開けなければならない扉がどれか、貴方はわかるでしょう?」
「どこでもドアみたいなものですか?」

 言ってから真宵はこの例えは不味かっただろうか、と思った。この女性が某有名な猫型ロボットの万能グッズを知っているとは思えない。黙ってしまった女性には申し訳ないが、とにかくここから出なければと真宵はすぐ傍にあった木造の扉に手をかける。

 ドアノブは簡単に回ってキィと軋む音を上げながら開き始めると、なかから光が零れる。
 その眩しさに目を細めた真宵の耳に、女性の声が聞こえる。

「無数にある扉は貴方の可能性。何かを選ぶということは何かを捨てるということ。だからこそ、貴方は決意を試され、責任を負わなくてはならないわ。だから…」

 最後の言葉が光に掻き消えた。




後編