22--2009/10/01 淡い雪が羽根のように散る。 吐く息が白くなり、指先から寒さにかじかむなか、少年は膝をついて地面を掘り返していた。冬も近く、乾燥した風が吹いていたせいであっという間に燃え広がった少年の『家』は、今では黒い消し炭とコンクリートの残骸に覆われている。 その下に何か大事なものがあるわけではない――もうただの燃え残ったガラクタしかないとわかっている。物も人も思い出も全部燃えてしまったのだ。 それなのに手を止められない。少年自身、自分の行動の意味に説明がつけられなかった。 しかしその手を止める足音が背後でした。 「…ここにいたのかい」 「……」 「明彦くんは、今朝、真田夫妻と一緒に出たよ」 「……、…」 頷く少年に「…寒いだろう」と肩にブランケットをかけた初老の男は微笑む。 寂しさを孕んだ笑みだ。 少年は罰の悪そうな顔で地面から手をどけると立ち上がった。火事が起きてから数日が経ってようやく鎮火したが、子どもが無断に入っていいわけがない。だが男はそんな少年を咎めるわけでなく、懐から懐中時計を取り出して時間を確認すると、「帰ろうか」と少年に手を差し伸べた。 日が沈むのが早くなった。 7時を回っても明るかった西の空が、深い闇に包まれて街灯がポツリポツリと路を照らしている。 人通りは少ない。 寒くなってきたせいなのか、あるいは街全体が何かに怯えているのかもしれない――が、時間も随分遅い。ただ、今日はタルタロスへ行くとは聞いていなかったから問題はないだろう、と荒垣は角を曲がって分寮に通じる路は入ると、足を止めそうになった。 分寮の玄関の階段で腰掛けている人影が照らされている。一瞬、真田かとも思ったが、荒垣に気づいて立ち上がったのが誰なのか分かって、顔をしかめた。 「こんな時間に何やってんだ」 咎める口調の荒垣に「先輩を待っていたんです」と真宵は物怖じせずに答えた。 「? なんだ、今夜探索になったのか?」 だったら連絡すりゃあいいものを、と荒垣は続けようとしたが真宵は歩み寄ってくるとポケットからハンカチに包んだものを出してきたので口を閉ざす。それに注意を向けると、真宵はハンカチを開いた。 「! それ…」 小さな懐中時計。 手にとって感触を確かめる。 本当は卒院記念には記念品と花束を用意したかったんだけどね。 真田が孤児院から去った次の日、そう言った男の顔が浮かぶ。孤児院を再開する目処も立たず、そのまま閉鎖することになった彼は随分やつれた顔をしていた。 花束を用意できなくてごめん、と彼は大事な時計を最後に荒垣に渡した――しっかりと馴染む感覚に、荒垣は無くした懐中時計だと確信した。 「…ちっと…、…付き合わねえか」 「これ、どこにあった?」 長鳴神社の境内にある遊具――ジャングルジムに背を預けた荒垣は、てのひらにある懐中時計を弄びながら訊いてきた。真宵はジャングルジムのすぐそばにあるシーソーに腰掛ける。 「交番に届けられていたんです。黒沢さんに訊いたら、これじゃないかって」 「そうか…」 頷くと荒垣は懐中時計に目を向ける。 よかった、と真宵は安堵した。懐中時計が間違いではなかったようだし、何より、荒垣にそれを渡して拒絶されなかった。 黒沢から受け取った懐中時計を見たとき、真宵はどうするべきなのか迷っていた。 荒垣が『大事に』していたという懐中時計。 聞いたとき思ったのだ――羨ましい、と。そして少し嫉妬した。探そうと思ったのも興味や好奇心だったのかもしれない。それに、大事なものが戻ったら、喜んでくれるかもしれない。どこか自分を蔑ろにしている荒垣の『大事な』ものがあれば、何か変わるかもしれない。 しかし、それを渡して真宵のなかの自己満足を荒垣に悟られたらと考えると怖かった。怖くて、渡すのをためらった。渡さないのがいいのではないかとすら思った。 でも、それも単なる逃げなのだと真宵は神木と会話したことを思い出す。 相手の内側に踏み込むなら自分の内側も見られてしまっても仕方がない。相手のことを知ろうとするのに自分だけ保身に走るのはできない。 昨日は神木と別れたあと、タルタロス探索に出ていたため渡す機会に恵まれなかったが、今日は遅くても待っていようと玄関で荒垣を待っていた(それについては長鳴神社に行く道で怒られたが)。 やがて荒垣は深いため息をつくと独り言のように呟いた。 「見つからなくても、それはそれでいいと思ったが……。他でもねえ『お前』が、持ってくるなんてな」 街灯だけが照らすなか、荒垣の表情はわからない。 ただ、どこか辛そうな声で真宵は荒垣の前まで近づく。荒垣はポケットから紙袋を取り出して真宵に渡した。それほど大きくない、テープで閉じられた袋だ。 「代わりっちゃ何たが、これをやる」 「開けてもいいですか?」 →後編 |