21 | ナノ


21--2009/09/30


 昨日の今日「善は急げ」と真宵は、ファッション同好会の帰りに辰巳東交番に足を運んでいた。
 思えば落とし物といえば交番に行くのが普通だ。真宵は、予想外の人物――ストレガのジンから助言されるまでそのことに全く気付かなかった。昨日は学園で懐中時計を探していたため、事務員も『学園内』と思って交番のことは言わなかったのだろう(というより真宵がそれに行き着いていない、とは思っていなかったに違いない)。

 そういうのはまず警察に訊くのが一番とちゃうか?

 的確な指摘に返す言葉がなかった真宵に、呆れとしか言いようのない目を向けていたジンが浮かぶ。空腹なのを見かねてオクトパシーのたこ焼きを奢った相手に向けるのかと思うほどの冷たい眼差し――とはいえ、思い出すだけで恥ずかしいのは真宵である。
 切り替えないと、と雑念を振り払って、真宵は交番に入った。

 辰巳東交番は、勤務している職員は黒沢しか居ないのだろうか、と思わず疑いたくなるほど閑散としたところだ。カウンターの奥にはファイルやら色々な書類が積まれたデスクが三つあるのだから黒沢一人というわけではないのだろうが――それでも今日も真宵を出迎えたのは黒沢一人だった。
 真宵がなかに入ったときには電話をしていた黒沢だったが、すぐに「では、よろしくお願いします」と受話器を置いてこちらを向いた。

「よう、今日は何か別を新調するのか?」
「あ。忙しいところ、すみません」
「いや、いい」

 そのとき、首を振った黒沢の後ろ、奥に通じる部屋から「うぅう…あ…ああ……」という呻き声がかすかに聞こえた。

「……辰巳記念病院に連絡を取っていてな。例の無気力症だ」
「保護、したんですか?」
「保護というか、…ウチの若いのだな」

 苦々しく言われて、真宵もどう反応を返せばいいのかわからなかった。
 黒沢はそんな真宵に「お前がそんな顔する必要はない」ときっぱり言った。

「ここのところの無気力症騒ぎは確かに多いが、それでもお前らが戦ってくれてるおかげで被害がこの程度に済んでいる。むしろ原因が何かしらあるとわかっていても何もできない自分の方に不甲斐無さを感じるくらいだ。…街全体が妙な空気に呑み込まれているんだろうな」
「ニュースだと辰巳記念病院の収容を超えたとか言ってませんでしたか?」
「パンク寸前だ。向こうも大忙しだろう…感染しないと言っても他の病院との連携は難しいだろうな」

 ならば、チドリのことはお座なり状態なのだろうか。
 担当医であるあの医者がチドリを見捨てるとは思わないが、看護師や他の職員も忙しくて手が回らないということがあるかもしれない。順平が暇さえあれば病院に行っているのは良かったのだと今更ながらに思った。

「…話しこんで悪かったな。今日は何だ? もしかして、モノ以外に何か用か?」

 以前、コロマルが保護(?)していた子犬のこともあったからか黒沢は訊く。
 そう言われて真宵も言い出し易かった。

「実は探している物があって」
「…探し物? それこそ俺の本業だろ、言ってみな」
「懐中時計なんですけど、たぶん、古そうな」
「古い懐中時計…?」

 引っ掛かるものがあったのか、黒沢が言葉を止める。
 そしてカウンターに置かれているノートパソコンを引っ張るとキーボードとマウスで何か調べ始める。黒沢の目が忙しなく画面を追うのが見えて、真宵は邪魔にならないように黙って様子を見ていると、「ああ、これだ」と奥の部屋に一旦引っ込んでしまった。

「…フフ、お前さんは幸運の星の下に生まれたな」
「じゃあ!」
「これだろ?」

 戻って来た黒沢がカウンターに置いたそれは、カチャリと音を立てた。
 真宵の手にもすっぽり収まるくらいの小さくて、そして古びた懐中時計だった。少し傷が目立っているが、よく手入れされていて大事にされているのがわかる。どんなものかは詳しく聞いていなかったが、間違いなくこれが荒垣のものだと真宵は確信した。

「もうちょっと遅かったら、誰かに売っぱらっちまうとこだ」
「……」
「…冗談だ」

 冗談に聞こえませんよ、と真宵はひきつった笑みを浮かべた。




後編