「そのまま七代のところまで跳ぶんだ!」 ヒュンと風を切る音が頭上で鳴った。 寸で飛び込んできた武藤を俺が抱きとめると、武藤を襲ってきたもう一体の隠人を雉明があの蹴り技で薙いだ。雉明に蹴り飛ばされた隠人はそのまま壁に激突すると、それがトドメになって光を放つと同じように消えて行った。 「ありがと、雉明クン…」 「いや、問題はない」 「ご、ごめんね。七代クンも助けに来たのに」 「いや、助かった。ありがとう、武藤。雉明」 「うん! …マヒって伊佐地センセが言っていたけど、動ける?」 「…ああ、もう大分動けるようには…てか、ホントに武藤も雉明もスゴイな」 「え! あ、あたしは、ほら、MMA研究会に入っていたし……あ、直接格闘技を教えてくれたのは叔父さんだったんだけど」 「……。あ、MMAって、総合格闘技のことだったのか!」 Mixed Martial Arts――総合格闘技の頭文字をとった略称ならMMAだ。 謎が解けた俺に武藤は「う、うん?」と首をかしげる。なるほど、これだけの攻撃ができるんだから武器なんて必要ないわけだ。……あれ、なんかちょっとグサリとくるものがあるな。知るにはちょっと痛みを伴う真実を胸に俺は雉明に支えられながら、なんとか対岸の扉まで渡った。 そこでまた伊佐地センセの通信が入る。ホント、どこで見てんだろ、このオッサン。 『よくここまで来た。次の試験は、難易度が高い。説明を聞き逃すなよ。隠人を倒した時、その体から飛んでくる物があるのはいままでの戦闘で気づいたか? あれは隠人と融合していた情報の断片が、お前達に渡した特課試札に集まっているんだ。この情報の断片が短時間に一定以上、集まった場合身体強化の効果が生まれる。効率良く戦い、攻撃される前に情報の断片を集め、強化された状態で敵を倒せ。これが次の試験になる。失敗して敵陣の真ん中で息切れしないようにな』 あの光の球は、身体じゃなくて胸ポケットに入れていた札に吸い込まれていたのか。 通信が切れると「…七代、手足の痺れはどうだ?」と雉明が訊いてきた。 今の話だと、次の区画には難易度は高く設定されているはずだ。ならば、隠人の数がこれまで以上に増えている可能性がある。 動けないなんていう無様な理由で二人の足を引っ張るわけにはいかない。俺は両手足の感触を確認して答えた。 「ああ、もう抜けたみたいだ。行ける」 「無理は、するな」 雉明からの言葉に俺は、OK、と返して扉を開いた。 そして部屋に一歩緒踏み出すと、予想通りに今までよりも多くの隠人が出現した。さっきのコウモリもどきだけじゃなく、トカゲの隠人や、二つ首の犬の隠人もいる。それらを近距離なら武藤と雉明に任せながら、俺は遠距離の敵をパチンコで攻撃するという戦法でなんとか撃退した。 そして隠人を掃討した俺達は奥にある扉の前にまで来て――躊躇した。 「ここ……。なんか……すごく大きな気配がする……」 「全身にビリビリくる感じだな」 「―――カミフダだ。この扉の向こう、何かと融合して隠人と化している。いまのこの戦力では敵うかどうかわからない相手だ」 「そ、そんなァ〜。どうしよう……。う〜ん……七代クンはどう思う?」 「…雉明がそう言うなら、この先に進むのは止めたほうがいいかもな」 俺や武藤の漠然受け取った感覚を雉明は一番正確に読み取っている気がする。 昔に封札師のことを教えてくれた人がいると言っていたし、つい最近知った俺や武藤には雉明の判断は無視できない。武藤も「そっか」と納得したようだ。 「……じゃあこれからどうしよう。一回外に出て、何か使えそうなものでも探してくる……とか?」 『そうだ、確かにその手が有効な場合もある』と伊佐地センセが言ったかと思うと『だがその前に、試験なんだから少しは頭使え』と小言を付けくわえた。 『まあ、何も考えずに入っていかなかった点については評価に値するがな。いいか、この部屋にいまのお前たちに必要なものが隠されている。まずはそれを見つけるんだ』 「見つけるってことは――」 「《秘法眼》、だね!」 「…向こうにあるようだ」 この区画の入り口だった扉の左手にあった隠された扉を開ける。 部屋のなかには、随分前に見つけた堂が置かれていて、足を踏み入れるとこれまでの部屋と違うことに気付いた。なんと言えばいいのだろう――遺跡や神社、寺院などにある祭殿のような場所に近い気がする。武藤も「この部屋……。何だか空気が違うね」と辺りを見て、 「あ、何アレ!?」 武藤の指した場所には、石造りの台座に刺さった杖のようなものがあった。 これがこの空気の原因だろうか――まるで、アーサー王の伝説に出てくるエクスカリバーという岩に突き刺さった伝説の剣のようだ。 『三人とも、よく無事にたどり着いたな。ここまで来れたという事は、封札師として身体面においては概ね合格だ』 伊佐地センセの言葉に俺達は互いに見合わせる。 武藤の「やったね」という小さな言葉に頷くと、伊佐地センセが『そして、これから問われるのは精神―――心の強さだ』と言った。 「こころ……?」 「………」 その言葉を聞き返す武藤とは別に、雉明は食い入るように台座の杖を見つめている。 『それは《隠者の杖》という。古来より、人にカミフダを使役する《力》を与えてきた遺物だ。カミフダに秘められた様々な超常の《力》を己が物として、自在に操る……。極普通に生きる人々にとってはその存在すら関知出来ない、人智を超えた特別な《力》だ。お前たちには、その《力》を手に入れる資格がある』 「じゃあ!」 『だがな――それを手に入れるという事は同時に義務と責任を負うという事でもある。……俺の言っている意味がわかるか?』 それがどんな種類の《力》であれ、行使するならば、そこには正しく使う義務がある。 そして、その《力》によって結果起こる事の責任を負わなければならない。権利に対する義務と責任は初めてきく話じゃない。とはいえ、普通ではない《力》の義務と責任に一瞬の戸惑いを覚えたのは事実だった。気付くと武藤と雉明がこちらを見ている。 「まあ……。…この《力》が一体何のためにあるのか、考えなかったのは嘘になる。正直、良い事ばっかじゃなかったしな…」 言いながら首の裏を撫でた手を見ると、今までの戦闘だけで擦り切れたり、爪には泥が入り込んでる。武藤も雉明も制服がところどころ汚れていたりするんだから、俺なんかはもっとボロボロかもしれない。 いきなり封札師になるための素質があるからと呼び出されて、隠人なんていう怪物と戦わされて……思うところがないわけじゃない。でも、口で説明されるよりこれでよかったんじゃないか、と今は思える。 「俺は《力》に振り回されるのは嫌だ。だから……誰かのために、誰かを守ることの出来る自分になる道があるんなら、イバラだろうが火の海だろうが渡ってやろうじゃねーか」 『…そうか。お前ならそう言うんじゃないかと思っていたよ。どうやら大切な事はちゃんとわかってるようだな』 いや、そこまで買い被られると恥ずかしいんだけど。 黙ってしまった俺のあとに、武藤は「えっと……せっかく《力》があるんだからそれを使って出来るコトをする……。つまり、その《力》を、ちゃんと良いコトに使えばいいんだよね?」と途切れ途切れながら言った。あー、なんだ。ぐだぐだ言ってた俺なんかと違って武藤の言葉は真っすぐだよな。 伊佐地センセもそう感じたのだろう、『ふッ……そうだな。簡単に言えばそういう事だ』と笑ったのが聞こえた。 『…お前たちなら大丈夫だろう。俺は、そう信じている』 それまで黙っていた雉明が「……その《力》を手に入れるにはどうすればいい?」と先を促す。 確かにこの杖で一体何ができるんだ。三銃士みたいな決意表明か何かをする儀式の場所だったのか。伊佐地センセは『そこにある杖を引き抜け』と言われて、すぐ傍にいた雉明が引き抜いた。すっと抜けた杖の先は細く尖っている。 『やり方は簡単だ。その杖で利き手の甲を貫け』 「げッ」 「――えッ!? 貫くって……これ……手に、刺すの!?」 ブシュッと血が噴き出すイメージが頭をよぎって、俺と武藤は杖を持った雉明から一歩引いた。 問われる心の強さって、まさかこーいう強さだったのか。引きつる俺達の姿が見えているのか、『その杖の刃は金属とは違って肉や骨を断つ類の物じゃない。お前たちが想像しているような痛みは伴わん。だがまあ―――怖いというなら、仕方ないが』と最後にはそう言われて、このオッサンめ、と俺は呟いてしまった。 武藤の方は「こ、怖くなんかないってば!!」と気持ち的な問題なのだろう、誰もいない天井を見上げて叫んだ。 →七 |