20 | ナノ


20--2009/09/29


「起立、礼!」
「はい、じゃあ気をつけて帰んなさいよー」

 鳥海がそう告げて教室を後にすると、生徒たちは思い思いに部屋から出て行く。
 部活動に入っておらず、掃除当番でもない順平は慌ただしい皆に合わせて動く必要もなかったのだが、チドリに会いに行くという目的がある。適当に鞄に筆記用具やノートを詰め込んで(と言っても勉強する予定はないが)教室を後にすると、同じく騒々しい廊下のなかを走る赤銅色の頭を見つけた。
 順平よりも早く教室を出たらしい真宵は生徒たちの間をすり抜けるように通り過ぎて行く。

「オー、真宵殿! 今日ハ同好会ドウスルディスカ?」
「あ、ベベ! ごめん、明日には出るから!」

 それでも周囲の様子はちゃんとわかっているらしく、真宵は話しかけてきた留学生らしき男子に手を振ると階段を下りて行った。その後ろ姿を見送った留学生は「残念ディス…」と扇子で口元を隠すのを眺めていると、ゆかりも教室から出てきた。

「あれ、真宵は?」
「あいつならもう帰ったぜ。部活とかじゃねーみたいだけど」
「あー…じゃあバイトだったかも? 秋の新作のケーキ、友達に誘われたから一緒にと思ったんだけど」

 残念、と肩をすくめるゆかりに「ゆかりー、どうすんのー?」と教室から女子生徒が一人顔を出した。
 その後ろにも数人女子生徒がいるが、順平には誰が誰なのかわからなかった。男たる順平も女子生徒にもちろん興味がないわけではないが、クラスの大半が先輩である真田のファンだとわかっていると何やら物悲しくなって特に気にも留めていなかった。

「あ、ごめん。帰っちゃったみたい」
「…新作のケーキ、かあ……美味いの、それ?」
「それを確かめに行くんでしょ。あ、あんたはお呼びじゃないから」
「うわ、厳しーの。んじゃ、オレも行くわ」
「ちょっとアイギスはどうすんの」
「お願いしまーす!」

 追及を避けるためにさっさと順平は学校を後にした。





 学校の中には、ないっと。
 手帳に「学校」と記した横に×印を書いた真宵は辰巳ポートアイランド駅に来ていた。
 目的は無くしたという荒垣の懐中時計を探すためである。

 余計な世話かと思ったが、聞いた以上は取り敢えず探してみようと、まずは月光館学園の中を調べた。荒垣は二年前から来ていないのは知っていたが、影時間が訪れれば学園はシャドウの巣窟、タルタロスへと変貌する。タルタロスのなかで落としたとすれば、影時間が解かれたあとの学園にあるかもしれない。
 しかし、落し物としてそのようなものがあるか訊いてもここ最近にそのような落し物はなかったようだ。

 後は荒垣が行きそうな場所を探すしかない。
 以前にばったり遇ったり、映画館に来ていた辰巳ポートアイランド駅は真宵のなかでは最有力候補だ。取り敢えず、駅員に訊いてみようと真宵は改札傍にいる駅員に声をかけた。

「そういう落し物は聞いてないですね」
「そうですか…」
「今時、懐中時計なんて変わっていますねえ」

 目立つもの、とはいえそう簡単にはいかないらしい。
 真宵の気持ちが少し沈んだのとは関係なく、暇らしい駅員は更に言葉を重ねた。

「変わっている、と言えばこの前、少し変わった少年を見掛けましたね。高校生くらいで、手にボールみたいな者を持ってポンポンと投げていたんです」
「は、はあ…?」

 お手玉だろうか。それともジャグリングの練習をしていたとか?
 駅員は嘆かわしいと言わんばかりに首を振ると大げさな溜息をついた。

「今時の高校生は、あんなオモチャで遊んだりするんでしょうかねぇ。ま、精神年齢の低下とか言われてますから。有り得ない話じゃないと思いますけど…じゃ、見つかるといいですね」
「ありがとうございました」

 なんだ、世間話かと真宵は適当に流して駅の階段を下りる。
 開けた道をぐるりと見回して、陰になっている部分――裏路地の方に気がついた。
 そういえば、荒垣は寮に帰ってくるまでは裏路地に出入りしていたようだ。家出をしていたという女子生徒の話を訊くために裏路地に乗り込んだ真宵たちを助けてくれたのはこの先の裏路地だ。

「………」

 まだ、夜でもないし、夕方を過ぎたばかり。
 それに麻雀牌の依頼を達成するためにも入ったことがある。
 うん、大丈夫。大丈夫。





 まだ日が隠れていない時間。
 とはいえ無機質なコンクリートの建物に囲まれた空間では薄くとも闇は確かに存在する。
 ぐしゃ、と潰れた青年を転がした少年はごそごそと懐から財布を取り出したが、所持金が予想より少ないことに眉を寄せた。他にもないものかと調べてみると、恐らく大麻か何かであろう薬物の袋と、煙草やライターくらいしかなかった。

「ッチ、けったいなもんしかないなー」
「テ…メ…ふ、ざけ…」
「うるさいわ。寝とけ、カス」

 他にも転がっていた青年に足を掴まれた眼鏡をかけた少年、ジンは容赦なく残った意識を粉々にするかのように頭を踏みつぶした。へぶっ、と間抜けな声と地面に直撃した鈍い音の後の沈黙にジンは現金をポケットに突っ込んだ。

 そもそもカツアゲのような真似を、ジンは得意としない(後ろからトランクでぶん殴って、しこたま蹴りつけるという地味な作業だ)。
 地道にネットで広げた復讐サイトに広告を張り付けたりしているのだが、その収入は微々たるものだ。影時間を利用して強盗まがいのこともして物資も得ていた。しかし、盗みが他と違って易しいとはいえ、影時間にも使える設備をそろえることはジンには難しい。ネットカフェでサイト運営の確認をするには現金が必要だ。とはいえ、警察に表だって助けを求められない連中がターゲットの条件ではあったが。

「アカン。薬にほとんど使っとるわ…」




後編