19 | ナノ


19--2009/09/28


 真宵はアイギスと一緒に巌戸台商店街を歩いていた。
 今日は月曜日、バレー部のことも一段落したからと真宵は久々に生徒会に顔を出したのだが「会議はすでに終わってしまった」と残っていた小田桐に言われた。結局、少し雑談をしただけになったので真宵はアイギスを連れて寮に帰ることにしたのだ。あまりアイギスと帰ることがない真宵は普段、どのようにアイギスが帰宅しているのか気になったが、黙々とアイギスは隣を歩いているだけだ。

 満月を一週間切った。ちらほら見かける虚ろな表情をした人々――影人間も人目につくようになる。彼らは突然人を襲うようなことはないが、うめきのようなか細い声を上げているだけの姿は見慣れたとはいえ少し恐ろしい。

「影人間が増えてきましたね」
「ん、そうだね」
「特にここ最近では巌戸台駅周辺に多く無気力症と思われる人々が見受けられます」
「じゃあ…もしかしたら今度の大型シャドウが現れるのはここかも」

 前回、エスカペイドの電力源を乗っ取った、隠者のアルカナを持った大型シャドウ。
 あの頃に確かエスカペイドに出入りしている人で、無気力症になってしまった人がいるとエスカペイドの店員や、利用者から聞いていた。あのラブホテルに潜伏していた大型シャドウの時も、月光館学園でも噂になるくらいに「二人一組の無気力症事件」で騒がれていた。真宵が記憶から導いた仮説をアイギスに話すと「なるほど」とアイギスは相槌を打つ。

「わたしがみなさんと一緒に、作戦に参加するようになって3度目、ここまですでに9体の大型シャドウを倒した計算になります。シャドウに知能というものがあるならば、この状況にあせりを感じ、やっきになって形勢逆転を狙うでしょう」

 息切れのしないアイギスの口から流れるように言葉が溢れる。
 淀みない言葉に追いつくよう真宵は黙って聞く。将来、アナウンサーに向いているかもしれない。

「しかしわたしたちも着実に戦力アップをしております。俊敏さにかけては右に出るもののいない、『白い悪魔』のコロマルさん、攻守に優れた『長物の寵児』天田さん、困ったら殴っとけ! 『撲殺の鬼』の荒垣さんと、つぎつぎに頼もしいメンバーを迎えました。よってこれまでと同様、タルタロスでの鍛練によって、十分に勝ちを狙える状況です。油断は禁物ですが、気負うことなく頑張りましょう」
「アイギス」
「はい」
「天田くんにも付けたんだ? 二つ名…というか、キャッチフレーズがすごっ」

 アイギスは真面目に励ましてくれているし、当然真宵も真剣に聞いていたが、キャッチフレーズがおかしくて口元を押さえてしまう。その様子にアイギスが「苦しいのですか?」と訊ねるから、違う違う、と空いている手を振った。あまりにもすごいからびっくりしたの、と説明した。

「ご希望でしたら、みなさんの二つ名も…」
「あはは。そうだね、できたら聞かせて」

 おかしかったあ、と真宵は目尻にたまった涙を拭う。
 笑いを堪えていたはずなのに逆に苦しくなってしまった。
 アイギスは真面目な話をしてくれたのに、と真宵は落ち着くように通りを見まわす――うずくまっているスーツ姿の男が陰になった路地にいた。急速に気持ちがしぼんでいく。

「…シャドウって、そもそも影時間が生まれたからいるわけじゃなくて、もとからいるんだよね」
「はい」
「桐条先輩のお祖父さんがその存在を知って、実験するためにポートアイランドにラボを作った。シャドウをアルカナごとに分けて研究して……一つに融合させようとしたのを、ゆかりのお父さんが命をかけて阻止した。それでバラバラに散った大型シャドウを倒せば影時間は消える。だから私たちは戦う」
「わたしの任務もそうです」
「でも、シャドウは影時間以前にいるんだから影時間が消えたからどうにかなるものなのかな?」

 実験の爆発。飛び散ったシャドウ。
 その忌まわしい傷跡が影時間とタルタロスだと美鶴は言った。
 シャドウとペルソナは同等であるからペルソナ使いだけがシャドウを倒せる。
 しかし、ペルソナ使いは「選ばれた人間」という括りではなく、チドリをはじめとしたあのストレガというペルソナ使いはペルソナを制御できない力を与えられた人間もいる。

 ペルソナを心の鎧だとイゴールは教えた。
 ペルソナは本当の自分自身だとファルロスは言った。

 真宵が誰かに伝えられるものではない情報の断片が頭を過る。
 何と言えばいいのだろう、この違和感。本当にこれで影時間が消えて、無気力症にさいなまれる人が消えるのか。黙考する真宵にアイギスが「わたしの…」と口を開く。

「わたしの判断しかねるところであります」
「あ、ごめん、アイギス。とりとめない話だった」
「わたしのデータは十年前のことは初期化されていて、復帰した以降のデータしかありません」
「…そっか。記憶喪失、みたいなものだね」
「人でいえばそう言えると思います」

 人でいえば。
 確かファルロスも自分が何者か忘れてしまったとか言っていたっけ。
 十年前の事故の記憶が曖昧な真宵自身と、人でないらしいファルロスとアイギスでは何が違うのだろうか。生きる長さが違うのだろうか。でも、近くにいて会話して絆があるのだと互いに感じていたら、生きているもの――いのちではないのだろうか。
 商店街を抜けたところで真宵はアイギスを見やる。

「今度、機会があったら一緒に商店街散策しようか。前はポロニアンモールの眞宵堂しか行かなかったし」
「それはパトロールでありますか?」
「んー、巡回とは違う。アイギスと一緒に遊びたいの」
「真宵さんがそうおっしゃるのでしたら、よろこんで」
「ま、当面は満月の大型シャドウを倒した後――あ、中間試験もあるし、その後?」

 行きたいところを考えておこうかな、と真宵はアイギスとの雑談に花を咲かせた。





 2日続けてタルタロスに向かっていたこともあって今日は休みにした。
 また明日にはタルタロスへ行くのか真田に散々スケジュールを訊かれた真宵はへとへとになりながら自室に入るとお馴染みになりつつある光景に最後の力が抜けた。部屋があるはずですよね。まあ、着替えを済ませたあとだからまだいい、と思って少し悩む。それってまだいいのだろうか。
 椅子を占領されているため、真宵はベッドに腰掛ける。

「慣れって恐ろしい…」
「どうした」

 いえ、別に、と答えようとしてちょっと考えた。
 ついこの前に夢見が悪かったらしい荒垣を引っ張って散歩に出た。影時間も過ぎた真夜中だったから遅すぎたが、まだ今は7時を過ぎたばかりだ。コーヒーわ買うという目的はないが、前のようにシャガールに行くのもいいかもしれない。あの時は結局、荒垣の気分転換になったのかも真宵にはわからなった。
 うん、誘ってみよう。

「あの、シャガールにでも行きませんか?」
「なんだ、急に」




後編