真宵の視線の言わんとする事がわかったのか、真田は「俺を何だと思ってるんだ」と渋い顔をした。 「とにかく、断ったんだが…それから連日のように手紙だの差し入れだの…」 「手紙に、差し入れ。熱烈ですね」 「勿論全部断っているんだが、下駄箱やら…この間は部活中に置いておいた鞄の中に入っていた」 「わあ…」 まるでアイドルだ。いや、でも実際にアイドルのような存在なのかもしれない。 気持ちだけが先走って相手が見えていないと言えばいいのか、恋は盲目、というのか。 「ハア…放っておいてもいいんだが、どうにも気分がな。何と言えば、やめてくれるんだか…」 「じゃあ、俺に勝ったら付き合ってやる、ってのはどうですか?」 付き合ってみてはどうですか、という言葉が喉から出かかったが、口にするのを止めた。 断るにはどうしたらいいのか。それが真田の相談ならば余計な進言は不必要だ。真宵も無理な注文なら相手も諦めるだろうという提案に「なるほど…逆に挑発か。さすがに勝負を申し込みはしないだろ」と嬉しそうに真田は頷いた。 「いい案だ、採用しよう」 「よかったです」 「ああ。ありがとう……待てよ、正攻法で来ない可能性があるな。例えば昼メシに毒を盛るとか…」 「…………」 本当にそこまでする子だったら、黒沢さんに頼んだ方がいいかもしれない。 伸びそうなラーメンを啜りながら真宵は思った。 「ホぉ――ムランッ!」 野球のフォームを思わせる動きで、順平は刀でシャドウを薙ぎはらった。 ティアラを頭上にのせたウィッグのような姿のシャドウ、蠢くティアラはその斬撃にまるでボールのように弾かれると塵のように消えた。その傍で真宵が召喚器の引き金を引くと、若い青年の姿をしたギリシア神話に現れる豊穣と葡萄酒、酩酊の神デュオニュソスが現れてくるくると杖を回すとイデアマザーというシャドウを白刃のような火花で飲みこんで焼きつくした。 「……、ふぅ。これで何戦目だっけ?」 「もう数えるのはやめた、くらい」 「通算して16戦目です。ここでは連続4戦しています」 「そっか…もう次のフロアに行くのが妥当だね」 真宵の言葉に「さんせー」とゆかりが頷いた。 昨日は参加していなかったからと今夜のメンバーはゆかりと順平、そしてアイギスの2年生パーティだ。満月までのカウントダウンが始まっている。力はつけるに越したことはない。 「そういや。あと、1週間だっけか」 「残っているシャドウはあと3体だけ……やっぱりここまで来ると、どうしても緊張してきちゃうよね…」 「シャドウの強化度合いは、決して規則的ではありません。特に残り3体という大詰めの段階、その強さが跳ね上がる可能性もあります。強化に際してはボーダーラインを高く設ける事を推奨するであります」 「うん。油断はできないよね……。…油断といえば、順平は今日美鶴先輩に勉強見てもらったんだって?」 真宵の急な話の振りに順平はあからさまに嫌そうな顔した。 ここ最近の休日はチドリの面会に時間を費やしていた順平にしてみれば寝耳に水だったかもしれない。 「あれは…本当に地獄だった。いろいろと」 「ま、前の成績のこと考えたらねー」 「中間試験…」 ポツリと呟くアイギス。 「あ。そっか、アイギスも受けるんだよね」 「話には聞いています」 「大型シャドウとの戦闘が終わってすぐに試験とかありえねーよ、実際。…ま、試験中でもチドリんとこは行くけどさー!」 「そのうち、先輩経由で出禁にされるわよ」 「ぐっ……」 「アイギスは勉強とかするの?」 真宵の問いに順平が「教科書とか全部覚えていたら必要ねーんじゃねーの?」と被せてきた。 アイギスは実際にクラスメイト程度ならばデータを照合しているらしく、人を間違えるようなことはしない。教科書や問題集もある程度していれば答えを覚えていられるのではないだろうか、と順平は思ったらしい。羨ましそうな目をしている順平にアイギスは首を振った。 「私の機能は戦闘に特化していますので、試験に強い、というわけではないです」 「そもそも学生生活を送る為、っていうわけじゃないしねー。それに、覚えているだけじゃ、実際の試験で点数をとれるのとは違うしね。ウチの先生って本当に妙な問題が多いから」 「たまに授業中の質問から問題だすよね」 「え、出てんの?」 「…今、順平が何で点数とれないっていうのかわかったわ。そりゃ無理よねー」 「人に答え聞く割には覚えてないよねー、順平って」 「順平さん……」 「え、何!? なんでアイギスまでそんな顔すんのッ!?」 つか、なにこのデジャヴュ、と順平がブツブツ呟く。 そんな姿がなんだかおかしくてゆかりと顔を見合わせて笑う。 ――楽しそうだね。 「!」 心で呟かれたような声に真宵は身体を強張らせた。 それまであった周囲の音が遮断されたように真宵の視界が狭まる。そして、目の前にやはり声音と同じく穏やかに笑うファルロスが佇んでいた。 「こんばんは」 ついこの間も似たような状況には遭っていたが、真宵は、今度はどう返せばいいのかわからなかった。 ファルロスのせいだとは思っていないが、それでも前と同じように自分だけみんなの前から消えてしまっているのではないかと不安になる。それが伝わったのかファルロスは安心させるように「大丈夫だよ」と微笑んだ。 「絆を結んだ彼らのことが気になるんだね……。大丈夫、今回は前とは違うから」 「そうなの?」 「うん…。…言わなくても分かってるかな。…あと1週間で、満月だよ」 「もちろん」 「…今回も大丈夫だといいね。だけど、未来というのは、何が起こるか分からない…」 悲しそうな顔で言うファルロス。 しかしそれはすぐ一瞬のことで、いつものように微笑んでみせる。 「…だから、くれぐれも気をつけてね。いつも、君を見てるよ」 ぎゅっと手を握られる。 「…また、会おうよ」 冷たい手を真宵は握り返した。 「――だから順平はそうなのよ、ねぇ」 「…え、あ。ごめん、聞いてなかった…」 「ちょ…、もー、しっかりしてよ!」 「ん、うーん…」 ゆかりに背中を叩かれて真宵は唸る。 何か、夢みたいなものを見ていたような感じだ。ファルロスと話した記憶はあるというのに、時間としてはほんの数秒ほどしか流れていないように見える。大丈夫だよと言っていたファルロスの言葉はこのことだったということだろうか。 不思議な少年だ。 魔法使いと言ってもいいかもしれない。 「んで、リーダー。ノルマはどうすんの?」 「そうだね…。あと5、6戦はしたらエントランスに戻ろっか」 「了解であります」 「おっしゃー! がんばりますかー!」 満月まで、あと1週間。 →2009/09/28 |