「ッ…くっそぉ!」 槍で一体を貫く。が、デスツインズはゆっくりと起き上がった。 するともう一体が全身を震わせて金切り声を上げ、天田の耳を直撃する。 脳まで揺らされたような不快音に負けぬよう踏ん張る天田の背に温かい手が触れて振り返ると真宵がいた。 「天田くん! 大丈夫ッ!?」 「な、なんとか」 「…弱点、狙うから天田くんにサポートお願いしていい?」 再び銃を構える真宵の言葉に天田は頷いた。 不甲斐無く感じてしまうが、ここでは真宵のペルソナ能力に頼るしかない。天田の反応に真宵は二コリと笑うと召喚器を構えて、「ウベルリ!」とペルソナを呼んだ。先程の美しい女神の姿をしたパールヴァティとは離れた、ごつごつした岩の塊のような巨人が現れる。それが手を振り上げてシャドウたちを叩きつぶした。なんともシュールな光景だ。 一気に弱点をつかれた二体のデスツインズはダウンしたが、同時に氷から脱出したブレイブフォートが炎を再び燃え上がらせた。天田はブレイブフォートが動き出す前に構えていた召喚器からペルソナを呼びだした。身体が泡立つ感覚と一緒にダークブルーに染め上げた身体をしたネメシスが現れる。 「爆ぜろ!」 バチバチと火花を散らして電撃が車輪を破壊して粉々に砕いた。 それがトドメとなったのか、元の塵に戻るように消えて行く。その様子を見つめた天田が真宵の方を見ると同じように倒したようだった。 「日暮、天田!」 「ワンワンッ」 『そっちも無事、戦闘が終わったみたいですね。よかった』 駆けつけた真田とコロマルに天田は真宵と一緒に合流する。 真田とコロマルの前に現れたシャドウは二体といえども、マジカルマグスという巨大なてのひらが背中から生えている道化師の姿をしたシャドウは、強力な氷結属性魔法を操るものだったために、真田にはやりにくい相手だったらしい。 「コロマルがいて助かった。俺だけでは容易に倒せなかっただろうな」 真田がそう言うとコロマルは得意げに顔を上げてふさふさとした尻尾を振る。 マジカルマグスの弱点は火炎属性の魔法だ。真田とコロマルの話を聞いて天田は自分の力が未だ足りていないことを悔しく感じた。真田の拳と比べれば天田の槍捌きには力強さはないだろうし、コロマルのように相手の弱点を衝くような満足なサポートもできなかった。 「私も、天田くんがいてよかった」 耳に届いた言葉に天田は驚いて真宵を見た。 「でも…、僕は別に…」 「天田くんがすぐに対応してくれるって思ったから、任せられたんだよ。召喚って結構無防備になりやすいから」 真宵の言葉に素直に喜んでいいのか戸惑うと、「それだけ天田が強くなったってことだ」と真田も後押しすうように言う。コロマルも同意するように艶やかな瞳を天田に向けた。それが少し嬉しくて、だがすぐに天田はそんな風に好意を向けてくれる真宵たちをまっすぐに見返すことはできなかった。 仲間だと思っていてくれているんだろう、それを嬉しいと思うと、来るべき日にしようとしていることに迷いが生じるような気がした。でも、もう後戻りはできない。 ……僕は、その後にこの人たちの顔が見れるんだろうか。 天田はぎゅっと槍の柄を握った。 上手く隠さなければならない。 「…ありがとうございます」 「じゃあ、転送装置のあるフロアまでもうすぐだからサクサク行こうかっ」 「そうだな。お前も暴れ足りないだろう、コロマル」 「ワンッ」 先を進む真宵たちから少し間を開けた形で天田は歩き出した。 10月4日、辰巳ポートアイランド駅の裏路地に来てください。 そう天田に告げられたのは、今日のことだ。だからなのか、ここ最近では近付いていなかった溜まり場に自然と足が向いていたらしい。開発から背を向けられた中途半端な、薄暗い此処が、夜にもなると荒垣とそう変わらない年頃の少年たちが集まるようになったのはいつからなのか。 今は物言わぬ棺のオブジェが立ち並んでいる。それらに関心を向けずに荒垣はフェンス越しにある駐車場を見下ろした。 今は何も跡が残らないコンクリートで固められた場所には荒垣の罪が確かにある。 今まで、行けば気が滅入るとわかっているのにそれでも忘れることなどできなくてずっと見ていた。 いや、忘れてはいけないのだ。 「…ゲホゲホッ、…う」 フェンスを掴んで背中を丸めて咳き込むのを荒垣は抑える。 口元を覆ったてのひらを見れば、鮮やかな赤がそこにあった。 「……、ハァ…ハァ…。……?」 そこから目を背けて顔を上げた荒垣は、目を細めた。 誰か――フェンスの向こうに人影がある。影時間にこんなところをウロウロしている人間ということは適性者か美鶴たちが言うところを「呼び声」で影時間に落ちたのか、と荒垣はそれが誰なのか確かめようと目を凝らして固まった。 「自分」だ。 後ろ姿だがわかる。 それも、月光館の制服を身にまとっている。 何が起こっているんだと一歩退いた荒垣に、「母さん――――!!」と悲痛な声が鼓膜を揺らした。 小さな少年の悲鳴が頭を揺らす。今度は困惑ではなく恐怖に一歩退いた足がパシャンと水溜りを弾く。その足元を見やると紅い水が皮膜のように覆っていた。それと同時に目の前のフェンスも、裏路地も棺もなくなっている。 そして「自分」のいたところを見ると、そこに「自分」はいない。 いたのは、倒れている人に縋りつく小さな影。巨大な月に照らされた少年の目が荒垣をとらえた。 爛々と輝く、悲しみと怒りと絶望が綯い交ぜになった目。 「…、…っ、あぁぁああああぁぁああッ―――!!!」 堪えきれずに荒垣は慟哭した。 →2009/09/27 |