04 | ナノ


04--2009/09/13


 タルタロスで開かれた階層――豪奢の庭ツイア。
 豪奢という名だけあって金と赤の絢爛な色彩と洗練された西欧風の装飾は、これまでの階層のなかでも一番人工物に近いようなイメージだなあ、と真宵は思ったのだが、荒垣は「相変わらず胸クソ悪い」と場所の変化に思うところはないようだ。

 塔、というと昨日現れたファルロスを思い出す。影時間でしか会ったことのない小さな友人は、最近はタルタロスのことばかりを考えているのだと言っていた。その表情は憂いというのが正しく、それが増え始めたのも真宵と彼が友達になってからだから真宵としては気になる。幽霊、とは違う不思議な少年のいう“終わり”と“試練”が何を示すのか、それをまだわからないことは多かった。

 次の階へと移動するための階段を上がり、一気に広がった空間に出た。
 周りを警戒しつつ奥へ進んでいくと、真宵が動いていない転送装置に駆け寄った。触れるとヴンッと音を立てて動く。淡い蛍光色を放つ転送装置に真宵は首をかしげた。

「やっぱりありますね、転送装置」
「元は研究所の要所に置かれていた研究の副産物ではないかと思う。祖父が研究していた『時間』に関わっていたものだろう」
「タルタロスが親切に転送装置付けてくれるわけないですよね」

 しみじみと呟く真宵に、美鶴は苦笑して「そうだな」と頷く。忌まわしい研究の名残とはいえこれは探索においては必要なものだ。


 ギギギギッ


「――おい」
「敵さんのお出ましか」

 真宵と美鶴の会話に入っていなかった真田と荒垣は、奥から聞こえた音に構えを向けている。真宵と美鶴もそれぞれの得物を持ち、構えた。


 ゴゴゴゴッ


 現れたのは、鈍い光を放つ鋼鉄の巨体。
 唸り声のような始動音に、真宵は薙刀を握り直した。すぐさま「風花、アナライズお願い!」と走り出す。戦車型のシャドウに物理的攻撃の効果は薄いことが多い。ホルダーから召喚器を取り出して頭に銃口をあてがい「ランダ!」と引き金を引いた。長い爪を振り上げた指先から高熱の炎、アギダインがシャドウを襲う、が。

『敵、無傷です!』
「ならば電撃ならどうだ!? ポリデュークス!」

 真田がジオンガを放つ。
 青白い閃光が放たれて収束する。しかしボディにはキズ一つ見受けられない。悔しそうに顔を歪めた真田は間合いを取るために後退して回り込む。その砲筒の一つがガチャリ、と美鶴に向かい――ランダと同じ炎が放たれた。

「っ、あ!」
「くっ」
「美鶴先輩!」

 吹っ飛ばされた美鶴を支えた荒垣が「火炎が使えるのか」と歯がみした間もなく、別のシャドウが砲筒から電撃を放って真田と真宵を襲った。

『あのシャドウ、火炎と電撃を使えるようですね』
「……後は氷結と疾風で試すしかねぇな」
「私に任せろっ! ペンテシレア!」


 パキィンッ


『弱点にヒットです!』
「先程の礼だっ、マハフブーラ!」
『敵、体勢を崩しました!』
「総攻撃、かけますっ!」


 ……ギギギギッ


「クソッ、まだ動けるのか」
『氷結属性は確かに弱点のようですが、効果自体はさほどないみたいです』
「じゃあ、マハガルーラ!」

 渦を巻き起こして集まる風の力がシャドウにぶつかる。機体をギシギシと悲鳴を上げて後退させると『疾風属性は弱点ではありませんが、一番効果があります!』と風花からの通信が入る。

「弱らせてから叩くのが一番みてーだな、……アキ!」
「わかってる! ラクンダ!」
「荒垣先輩は美鶴先輩のフォローをお願いしますっ。マハ――」
「日暮、避けろ!」
「! っう!」

 美鶴の言葉に真宵が受け身を取る前に、背後から迫ったシャドウがその砲筒を真宵の身体に直撃を喰らわせた。勢いを殺せず、吹っ飛んだ身体が壁に叩きつけられる――はずだったが想像より痛みの少なさに真宵が顔を上げると。

「――真田先輩!」

 壁と真宵の間に真田がクッションになっていた。庇ってくれたらしいことに真宵はすぐに離れようとしたが、ズキリと腕が痛む――ヒビくらいは入ったかもしれない、と痛みに堪えるが瞬間的に動けなかった。

「どうした」
「ちょっと痛かっただけです。……それより、真田先輩っ!」
「う、わっ!」

 シャドウのアギダインが放たれて真田は真宵を抱えたまま横に飛び退いた。
 ジュッと焦げる臭いに二人とも半ば青ざめたとき、白い光の線がシャドウに走る。

 ガタンッとシャドウの一体が動きを止め――砲筒が滑らかな切り口を残して落ちた。真宵と真田が唖然としていると、落ちた砲筒にカツンとヒールが下ろされる。見やれば、少し髪と服が焦げた美鶴がサーベルを片手に立っている。麗しい美貌がシャドウを睨んでいる姿は迫力があり、真宵は思わず身を引いたが、真田の方が真宵より一段とビクリと震えた。

「――貴様ら、よくもっ……!」

「砲筒って普通、サーベルで切り離すことできますっけ?」
「い、いや……しかし美鶴ならやりかねん。というか、……やったな」
「阿呆言ってないで加勢して、桐条を止めろ!」

 荒垣の言葉に、それも違うんじゃ、と真宵は思いつつ、目覚ましい動きをする美鶴に加勢すべく召喚器を構えたのだった。





「一応ディアラマはかけておくが、辰巳記念病院で一番見てもらうのがいいな。明日、予約を入れておくから行くように」
「そうだな」

 番人を倒したのを機会に、エントランスに戻った真宵の腕に回復を施した美鶴はそう言うと、真田も頷いた。表面上キズはないように見えるが、自分たちは医者ではない。

「そんな予約とか」
「場所はわかるだろう? 順平もあの子の取り調べがあるから付き添ってもらえればいい」

 別に俺はいいぜ、と順平は頷くが、アイギスが「順平さんでは頼りないであります」と抉るような援護射撃を放った(酷いぜとうなだれているのが視界に入る)。苦笑した真宵は「じゃなくて、明日はちょっと委員会に顔を出そうと思っていて」と伝える。明日は月曜日で、委員会はないのだが沙織のことを思えば彼女が委員会でないときもなるべく保健室で時間を潰していることが多いので顔を出すことにしていた。それに言えはしないが、部活にも顔を出すつもりである。

「そういやぁ、保健委員会だったよな。ちょっと待て、その状態で江戸川に見つかったら変な薬飲まされんじゃねーの!? 身体が光りだしたら洒落んなんねーぞ!」
「順平くん、いくらなんでもそれはないんじゃないかな……」
「でも具合が悪くなるような薬を飲まされないとは限らないわよね」
「ゆかりちゃん……」
「高校って変なところですね」

 天田の一言に、ふう、と美鶴が息を零す。

「何なら事情を私から江戸川先生に話しておこう」
「……大丈夫です。病院は後でちゃんと行きますから」

 真宵の委員会へ行くという意思は堅いらしい。できれば委員会を自粛してほしかったが、生徒会でも小まめに顔を出している真宵に助けられている手前、美鶴は強く言えず「わかった。ではそのように連絡しておく」と言うと、ちらりと荒垣と目が合った。
 それを無言で睨み返す荒垣。だが美鶴に荒垣の睨みは通用しなかった。

「そうだな、荒垣を日暮の付き添いにしよう」
「テメー……なんで俺が」
「文化祭の準備も近いからな、人手が足りない。何か不測の事態があってもお前ならなんとかできるだろう」

 美鶴の提案に真田もしごく真面目な顔で頷くと、真宵の方にも目を向ける。

「そうだな。お前は確かに軽すぎるぞ、さっき抱えてわかったんだが……」
「抱えたって真田さん、どんな状況スか!? あ、お姫さま抱っこ? あー、俺もチドリンをこう、お姫さま抱っこしてぇなあ!」
「順平食いつき過ぎっ」

 でも気になるところといえば気になるけど、とゆかりも笑う。実際はお姫さまだっこなんていうメルヘンではなく、高い高〜いの要領でシャドウの攻撃から避けただけなのだが、そういえばそうだっけ、と苦笑いする真宵たちに聞こえたのは舌打ち。

「俺は何でも屋じゃねぇ」

「なら僕が――」
「あ、いや」

 小学生を、と美鶴は言いそうになる。女であることで差別されるのが嫌いな美鶴は、天田が気にするだろう年齢を出せない。天田もそれを何となく察して気まずい沈黙がおりたが、真宵はニコッと天田に笑顔を向けた。

「天田くんは確かコロちゃんの散歩じゃなかった? 大丈夫だよ。いざとなったら大声で叫んで逃げるし、辰巳交番にだって駆け込むし。美鶴先輩も、私をコドモ扱いしすぎですよ?」
「そ、そうか……すまない」
「じゃあ明日病院行きますね」
「部活、休めたらいいんだけど……休んだら、その」

 メイド服で揉めているから、とゆかりが真宵に耳打ちする。真宵はそれに「がんばれ」と言って頷いた。




2009/09/14