17 | ナノ


17--2009/09/26


 タルタロスのエントランスの広間で真宵はメロンパンを齧っていた。
 これからタルタロスでの実戦経験を積むための腹ごしらえだ。

 今ではそう使わないが最初の階層、世俗の庭テベルへの出入りをしていた頃に上っていた入口の階段に腰掛けて、真宵はゆらゆらと光が落ちてくる天井を見上げた。光はそれほど強くなく、炎のように揺らめいているのに光源が何なのかわからない。吹き抜けのようになっているのか天井がどこなのかわからないのだが、この上には確かに階層が存在していてシャドウが蠢いている。タルタロスの探索とは言っても、タルタロス内部は日々姿を変えていて確実なのは上の階層へ行っているということと、人工島計画文書というもので断片的な情報を得ているという他はない。

 本当に最上階へ行けば何かわかるのだろうか。
 議論しても仕方ないことだとわかっているのに、と真宵は最後の一口を腹におさめた。

「じゃ、行きましょうか」

 スカートを叩き、召喚器を入れたホルダーを腰につけた真宵が園部師範の薙刀を持つ。
 カツサンド(しかもプロテイン入り)を食べ終えた真田が「いよいよか」と何処か嬉しそうに笑う様子に美鶴が溜息を吐いた。ここで小言を言うストッパーが今日はいない。寮生が帰宅した頃にはすでに荒垣の姿はなく、それもあってかゆかりも「中間テストが近いから」と来ていないし、順平もいない。
 アイギスと美鶴が風花と残る形で、今回は七人がタルタロスにいた。

「今回はそれほどタルタロスも不安定ではないようです。でも、気を付けて下さいね」
「うん、わかった」
「じゃあ行ってきます」
「ああ、気を付けてな」
「ご武運を」




「パールヴァティ!」

 真宵の呼び声に答えて青白い光と共に現れたヒンドゥー教の女神は、薄紅色の衣に身を包み、手にしていた一輪の花を優雅に持ちあげた。雪冰天女と呼ばれる彼女が花を向けた場所から凍える力が生まれて、複数のシャドウを氷漬けにする。それを逃さずに真田が武器で氷ごと砕いて消滅させた。
 それを追う形で天田とコロマルもシャドウを倒すと風花が『敵影消滅、お疲れさまです!』と戦闘終了を告げた。
 その声を受けて、召喚器をホルダーにおさめた真宵は、武器の感触を確かめている真田に声をかけた。

「それ、使い心地はどうですか?」
「悪くない」
「天田くんもそれで大丈夫?」
「はい。…ありがとうございます」

 風邪から復活した折に新調しておいた武器に二人とも不満はなさそうである。
 タルタロスにある宝箱で装備品や武器を調達することもあるが、それよりイイものとなると辰巳交番で購入する方がよかったりする。高校生がおいそれと買えるような値段で売ってはいないが、タルタロスで拾う(本当に拾う)お金やエリザベスからの報酬、真宵のバイト代で軍資金はそれなりに潤っている。今回二人の武器を新調できたのは、番人を倒した時に拾ったシャドウの一部(しかも歯車)を売って目途がたったからだが。

「そういえば、コロマルの武器も新しいんですよね?」
「ワフッ」
「うん、これは武器合体してもらったものなんだけど…」
「え?」

 キョトンとする天田に真宵は、あ、ううん。なんでもない、と誤魔化した。
 リーダーであるゆえか殆ど一人で武器や装備品の調達をしている真宵の行動範囲は多分周りが思っているより広いのかもしれない(まあ、天田があの骨董品店に訪れることはないだろう)。ときどき、何を言っているみたいな反応をされる。あるいは深く気にされないか。
 まさかペルソナと武器(しかもおそらくはシャドウの一部)を合体させている、とはそのまま言うには突拍子もなかった。
 そして「深く気にしない」部類の真田が「日暮に任せている分、何を渡されたってこっちも文句はないさ」と言うと、天田は追及の手を止めようと思ったらしく「そうですね」と若干納得いかなさそうな表情ではあったが頷いた。

「山岸」
『はい』
「この先にシャドウはいるか?」
『ちょっと待ってください。……敵影、見つけました! その先の角を曲がったところにいます』
「よし、先にいくぞ」

 そう言って向かった真田に続いて真宵、天田、コロマルも走り出す。
 さすがにコロマルは足が速く、真田に続いてすぐに先に角に消えたとき、

『待って! もう一つ敵影です!』





 敵影を知らせた風花の声に、天田が周囲を確かめるよりも先に真宵の薙刀がシャドウを薙いだ。
 ブワッと黒い塵が舞い上がり、コールタールのような姿をしていたシャドウの姿が仮面をつけたものに変化する。そこから現れたのは法王の仮面をつけた、デスツインズが二体と剛毅の仮面をつけたブレイブフォートの三体だ。すぐに間をとって天田と真宵は後退する。

「風花、先輩とコロマルは!?」
『向こうも戦闘を始めました。向こうは二体のようです』
「じゃあ、そっちお願い。こっちは天田くんとやるから、終わったら応援させて」
『無理しないでね』

 通信が途絶えると同時に真宵が召喚器を頭にあてがい、引き金を引いた。
 そして再びパールヴァティが姿を現すと、巨大な車輪に紅く燃える獅子の顔をしたブレイブフォートに氷の魔法を放つ。キィイン、と音をたてて柱を立てた氷がシャドウを閉じ込めてしまう。弱点を全て覚えているのだと天田は、首と手首、足首を一本の棒で貫かれたデスツインズに攻撃しようか迷って唇を噛んだ。天田のネメシスはハマ系と電撃属性魔法を得意とするが、デスツインズは確か電撃吸収と光反射。
 唯一の弱点である打撃は真田にしか任せられない。




後編