テオドアは困惑していた。 いや、姉の奇行には慣れていたが先日の無慈悲かつ理不尽なメギドラオンがまだ脳裏に浮かぶ。あの時、テオドアが見た最後の光景はちょっと残念そうな姉の顔であった。まさか勝手に期待された挙げ句に残念がられるとは。しかも滅多に表情を変えない姉に。 そんな過去の出来事をつらつらと考えるほどにテオドアは今の状況から逃避したい気持ちになっていた(逃げないのは姉という絶対君主がいるからかもしれない)。 「…姉上は、何をしているのでしょう?」 「客人が風邪をひいたようよ」 隣で優雅にティータイムをしているもう一人の姉、長姉マーガレットが淡々と答える。その答えに、はあ、風邪、ですか、とテオドアは要領の得ない顔で相づちを打った。 ベルベットルームでイゴールの従者をつとめるテオドアたちは『力を司る者』である。肌身離さず持ち歩いているペルソナ全書からペルソナを使役して力を求めることで『自分の望む答え』を探している。 よって、知識欲はあるにしても、力以外に探求心は疼かないのだが――エリザベスはやはり今度の客人、そして客人を通して『外』に意識が向くようだ。 「風邪をひいたことがないのでわからないのですが、それほどまでに心惹かれるものでしょうか」 「フフ、身のうちは焼かれんばかりの熱さに悩まされ、かと思えば震えが走るほどの寒さに苦しむ…。他にも症状と呼ばれるものもあるらしいけど、なかなかに興味深いものだわ」 ティーカップを置いたマーガレットが艶やかな唇を細い月のように歪める。色香が漂うが、どう興味深いのかテオドアは心配になる。少々、いな大いにサディスティックな嗜好を持つマーガレットの言葉を単純に受け取っていいのか――いや、追及は止めよう。 「…それで、姉上はどうされているのですか?」 「なんでも、風邪に効く特効薬を作っているらしいわ。自分のコレクションを消費するのも厭わないみたいね」 「それは……」 「できました」 聞こえた声にテオドアとマーガレットはエリザベスの方を注視した。その手には一杯の飲み物が注がれたコップである。 ベルベットルームに相応しいほどの深い青の液体。よくわからないがそれが特効薬らしい。 「あら、色は綺麗ね」 「匂いは、しませんね…」 「メギドラオンを駆使しようとも駆逐できぬ敵、風邪に対抗しうるあらゆる食物その他もろもろを調合、あるいは調理、あるいは錬成をしてつくりました」 よくわからないが、何やらエリザベスからは強い熱意、とよべそうなものを感じる。熱意など単語としては知っていても、テオドアには未知の感覚。少々姉を羨ましく思っていたが「試飲はしたの?」というマーガレットの声に我に返った。 「たしかに、主が合体の解禁の旨をあの方に伝えるときにお渡しするつもりですが。不安を残したままではあの方も戸惑われるかもしれません」 沈んだ声を出すエリザベス。 そんなエリザベスにマーガレットは立ち上がると微笑みかけた。 「…仕方ないわね、可愛い妹のため。試飲できる当てを調達するしかないわね」 「……なぜそこで私を見るのですか」 テオドアはじりじりと下がりつつ、訊ねると「風邪ね、取り敢えず寒いのと熱いのだったわね」とマーガレットは無視してペルソナカードを取り出す。エリザベスも「なら、私がスルトを召喚いたします」とエリザベスがペルソナ全書を構えた。 「デッキオープン」 「いや、あの…」 「手加減はしてあげるわ」 「ちょっ…!?」 それから数ターンにわたるアギダインとフブダインの猛攻にテオドアはあったが、風邪にはならず、またもやエリザベスに残念がられたところで意識が飛んだ。 テオドアの災難U (風邪というものは存外難しいものなのですね) |