15 | ナノ


15--2009/09/24


「ごめんなさい、真宵ちゃん…。やっぱり、私といると悪い風に見られちゃうね」

 職員室を出てから無言だった沙織にそう言われたのは校門を出たときだった。午後の授業を文化祭の後片付けにした学校は夕方を過ぎるとなると生徒はもう疎らで、校門もいつもより静まっている。歩いているのも真宵と沙織の他には数人だけだ。

「別にいいよ。謝らないで」
「……ありがとう…」

 それからまた沙織は黙っていたが、月光館学園傍のポートアイランド駅に着くと口を開いた。

「記事は、ウソ…。私は何も言っていない…」

 週刊誌に載った記事。
 それは『長谷詩織』という某G學園の女子高生が『夜の事情』が赤裸々に語っているという内容のものだった。真宵はこの記事のことは知らなかったのだが、保健室で雑務をこなしていたのを沙織と一緒に校内放送で江古田に呼び出されたときに知った。

 一応、名前は変えられていたのだが、写真からして沙織だとわかるようなもので、これを読んだという女子生徒が江古田に見せたらしい。そのときのことを思い出すと真宵は嫌になる。沙織のことを「年上だから見下している」と評価した女子生徒のことも、そんな評価を鵜呑みにして「重要なのは記事になったという事実」で「他の生徒や保護者への体裁というのものがある」と一方的に言いたい事だけを言った江古田も。
 結局、沙織は停学処分になることになった。

「…でも、写真は確かに撮られたの。高校生の素顔をテーマにした、爽やかな特集だって…」

 実際は女子高生の『夜の事情』だったのだから、爽やかとは縁遠い。

「制服でのスナップショットを1枚欲しいって…。たった4000円で、バカ見ちゃった…」

 自嘲気味に笑う沙織に真宵は、どうして、と問うと沙織は俯いた。

「クラスの子に頼まれたの。バイトしないかって…。気は乗らなかったけど、どうでもよかったし……役に立ちたかったのかな。ううん、ただ…友達が欲しかったのかも」

 それが本当に『友達』だとは思っていないのだろう。
 沙織の表情からそれを感じ取って真宵は、自分にも身に覚えがあることだと思った。両親が死んでから何処へ行っても親戚に馴染もうとしても馴染めず、頼まれごとなら全部引き受けて「いい子」になろうと思っていた時期があった。でも、それが結局は自分からつくった虚構の産物なのだと思い知った。あのとき、真宵は『家族』がいなかった。
 それが悪い事だったとは今は思わないが、無理をしていたのだと今では思える。
 沙織もどうでもいいと言いながらも、どこかで無理をして傷ついている。

「今は本当に年上になってしまったけど…。私、昔から大人っぽいって言われて、ずっと同年代の友達ができなかった…」

 駅のホームに入ってくる友達なのだろう女子が数人わいわいとお喋りをしているのを、沙織は羨ましそうに見つめて真宵に微笑んだ。

「大人は優しくて、甘やかしてくれた…。……でも、全部…ウソだった」
「ウソ?」

 聞き返すと沙織は「愛してるとか、全部ね…」と言った。
 その声はどこか震えていて、微笑んでいるのに泣きそうに見える。

「大人のいいようにしてきたわ…。私はじっと黙って、笑っていればよかった…。そうしたら、可愛いねって言ってくれた…、今さらひとりなんて…どうやって立っていいか分からない。怖いわ…」
「……ひとりで立つのって…自立しているって、誰の助けも借りないっていうことじゃないと思う。自分のしたことに責任を持つっていうことじゃないかな。だから、さっきもそうだけど、沙織が私に謝る必要なんてないんだよ。私は、私で選んで沙織と一緒にいるから」

 声と一緒に震えている手をとると沙織の手は思った以上に冷たくて、真宵はぎゅっと力を込める。
 沙織は少し驚いて、それから眼を細めて「うん、…ごめんね…変なことに巻き込んで…」と言った。その言葉に真宵は、また、言う、と嗜めようとしたが、沙織が手を握り返してきて言うのを止めた。沙織は「フフッ」とどこかおかしそうに笑って目元に溜まった涙をぬぐった。

「私…、ダメよね、どこか嬉しいのよ。あなたがいてくれて、よかったって…。ひとりじゃ…耐えられないかもしれないもの…」

 モノレールが着いてドアが開く。

「明日から、…あなたに会えなくなるのは寂しいわ」
「うん、待ってる」





「摘むな」

 キッチンペーパーにのせていた唐揚げに伸ばしていた真田の手は小気味よく叩かれた。
 う、と呻いた真田だったが女子のいる前で痛がることができず、手を叩いてきた荒垣を睨む。金属製のお玉で叩いた荒垣は「誰が食えって言った」と睨み返してきた。

 今、ラウンジのカウンターキッチンで荒垣と風花が料理をしていて、文化祭の後片付けに加えて今日も寮までついて来ようとする女子生徒を振り切った真田の腹はちょうどいいくらいに空腹を訴えていた。それに真宵の話によれば荒垣が作っている料理は寮全員に振る舞われるものだと言う。だから、別にたくさんあるうちの1つくらいいいだろうと思うのも仕方ない話だろう。

「…ケチ臭い男だ」
「唐揚げは二度揚げするのが基本なんだよ。途中のものを食うな…つうか、まだ全部用意ができてねーもんに手を出すな。コロマルだって待てしてんだぞ」
「ワフッ!」
「でも、マジでいい匂いスね〜」
「だから手を出すな」

 唐揚げではなく、パエリアにのせられたエビを取ろうとした順平の手を荒垣が同じくお玉で叩く。
 エビも駄目なのか、と順平が叩かれたのを真田がそんな風に見ていると荒垣は仰々しく溜息をついて跳ねる油のなかに一度揚げた唐揚げを入れ、

「……次したら、テメェらの手を揚げるぞ?」


 ジュワ―――ッ


「……すんませんでした」
「……わ、わかった」

 パチパチと弾ける油の音と、狐色になっていく唐揚げ。
 そして本気とも冗談ともつかない荒垣の眼に真田も流石に判断できず、降伏して眺めることにする。
 確かにお腹は空くが長年付き合いのある幼馴染が目の前で料理をするのを間近で見ることを思えば、空腹はその好奇心に勝っていた。荒垣の性格からして気まぐれということはないだろうと、理由をしつこく問い詰めたら真宵にパーティを勧められたから仕方なくだと言う。
 さすがリーダーだな、と笑うと荒垣がムッとした(聞こえていないはずなのに)。




後編