06-2 | ナノ




「気安くOKするんじゃなかったなあ…」
「…………」
「は、背後から冷気が…」

 ぼそりと呟く順平に「何が?」と訊ねる真宵。
 先を歩く真宵の隣にはコロマルが控えていて、執事服を買った辰巳東交番に同じくならんでいたらしい犬用の執事服を着ている。そして本日、最後のパーティである荒垣はいつもと同じ赤っぽいコートとニット帽をして――順平を無言で睨んでいた。

「…荒垣サン、あのー…えっと、無言の圧力が…」
「……あ?」
「いっ! いい、いえっ! なんでもありません!!」

 こえーっ、マジでこえぇえーっ!!

 アイギスの荒垣に対する意見で「荒垣さんは駅前の溜まり場に出入りしていたと聞いてますが…、それで今まで無事でいるという事は、自己防衛の心得があるという事です。やはり戦闘に関しては高いポテンシャルを有しているようですね」と言っていたのだ。安易に話しかけられる雰囲気ではない。
 裏路地で助けてくれたという尊敬はあるが、いやいやコレは普通に話しかけられないっしょ、と順平は溜息をつき、真宵のすごさを実感した。あの裏路地へ行くときも意気込むゆかり同様に「先手必勝!」と言うほど物怖じしなかったのだから、荒垣に対してもそうなのだろう。

 やっぱり付き合ってんのかなあ。

 一緒に夕飯を食べに行っている頻度だってそう少なくはないし、昨日だって病院に行っていた真宵を荒垣が迎えに行って二人で帰ってきたというし――それに、今日の真宵のメイド服に一番反応が薄かったが、経緯を知ってからはまるで親の仇のように順平を睨んでいるのだ。

「なんか、順平異様に汗かいてない? エレガントに決めるぜー!って言っていたのに」
「いっ、いやあ…」
「…………」
『皆さん、次のフロアに番人がいるようです』
「よ、よっしゃあー! オレッチの実力見せちゃうぜ!」

 後ろの背後霊だって三日月宗近でぶった斬っちゃうんだかんな!

 その勢いのまま辿りついたのは135Fのフロア――待ち構えていたのは全身を銀色に塗り固めたテーブル型のシャドウ。魔術師タイプにある青く固められた仮面は間抜けなデザインで、しかもその姿は下層の奇顔の庭アルカ以来見ていなかったが、それよりはるかに大きなサイズだ。

『敵は一体ですが、かなり強いみたいです!』
「まあ、大きさから言ってもそんなカンジだよな、ってうお!」
「きゃあっ!?」

 シャドウが脚の部分が手に変化している部分をくねくねと揺らめかせ、マハラギダインを放つ。
 火炎には無効であるコロマルはそれには驚きもせずに同じように遠吠えを上げてケルベロスを召喚する。三頭の頭をもった地獄の番犬が返礼だとばかりにアギダインでシャドウを火炎で包むが、巨大なテーブルには焦げ目一つない。

「って、アイツも火炎無効かよ! おい、大丈夫か、真宵ッチ……ぶっ!」

 ミシッという凶悪な音が顔面からしたと同時に順平は気絶した。





 何を血迷ったのかコスプレ集団となり果てた今日の探索。
 学園祭間近だからとはいえはっちゃけすぎだろうと思う。執事服だったか、それを順平が着てきたときは鼻で笑った荒垣だったが、まさか真宵までコスプレをして臨んできたときにはピシリと固まった。普段のスカートの丈とほとんど変わりのない膝上の時点で本職のメイドとは差別されていたそれを「ニーハイメイド服っていうんですよ」と説明する真宵に、ちがう、そこじゃねえだろうが、と突然の恐慌に驚いていたが、どうも順平が余計なことを言ったらしいと聞いたときには荒垣の機嫌は降下していた。

 本人の趣味なら単に呆れられたが、それはつまりどういうことだ?

 その格好を止めろとも何とも言えず、ただ妙な苛立ちだけを持って探索に参加した。そもそも、真宵という人間は判断がつかない上に、最近では探るような目を向けて来るのだ。紅、と形容してもいいような瞳を無言でじっと向けて来るときがある。それを見ていると背中がむずむずして、身体の不調のことから過去のことを悟られるのではないかという、いき過ぎた懸念を持ってしまう。そしてこちらがその手を振り払うとわかりやすく消沈する――これではこちらが悪いみたいではないか。

 そして荒垣のなかで警報がなる。
 真宵という人間は危険だという警報。
 周りはいいリーダーだとか言っているが、そんなものが真宵という人間ではないだろう。近付いたものを容赦なく取り込むブラックホールのようないわば無秩序な存在で、少しでも気にかけたら最後、塵も残さない。男女問わず交友範囲が広いと言われているのはそうにちがいない。
 
 荒垣が警戒すると打ち砕くようになぜか真宵は目の前でドジを踏む。
 荒垣の性分を見透かしたように、思わず手を伸ばさせてしまう。
 嫌な奴だ。

「おい、大丈夫か、真宵ッチ……ぶっ!」

 だから何でそうやってお前はまたドジを踏むんだ!

 持っていたメディカルパウダーの容器を順平の顔にめり込ませた荒垣は内心でそう叫んでいた。突然の火炎攻撃に不意打ちを撃たれた形になった荒垣と真宵。耐性、無効を備えていた順平やコロマルはすぐに動いていたが真宵は服が焦げに焦げてひどい有様になっていたのだ。それを知らず振り返った順平に思わず容器をぶん投げた。

「んな格好しているからだ、バカ!」
「ば、バカってなんですかっ! 先輩のほうこそ、順平沈めちゃってどうするんです!?」
「どうせ動きづらくてまともに戦えるか! つーか、嫁入り前のくせになんて格好しやがる!!」
「……そんなの先輩に関係ないじゃないですか!」

 思わぬ言い方に荒垣はカチンとなる。

「いつもいつもドジを踏むのが悪いんじゃねーか!」
「私だって好きに失敗しているわけじゃないんです、嫌なら放っておけばいいじゃないですか!」

 召喚器を取り出した真宵が頭に宛がい、引き金を引く。
 パキンと音を立てて黒髪の魔槍の遣い手、クー・フーリンが現れる。白い甲冑に身を包んだクランの猛犬は槍を構え、飛ぶようにシャドウの攻撃をかわすと魔槍ゲイボルグの一撃、マッドアサルトをテーブルの頭上から突き立てる。パキッという小さな音からヒビが生じてシャドウに亀裂が入った。

 それを逃さず真宵が斬りかかると、シャドウは小さな光球を打ちあげた。それは小さいとはいえ、万能系の威力を持つメギド。急いで地を蹴って距離を取ろうとする真宵だが、光球が落ちるのが早い。
 その腕を荒垣は掴んで引っ張った。


 オオオオンッ


 荒垣が真宵を背に庇い、メギドが発動する瞬間、コロマルの声が唸りケルベロスが現れ炎を上げた。
 全てを焼きつくしたという万能のメギドに灼熱の炎がぶつかる。数瞬競り合ったが、メギドの威力にアギダインが押し負けてはじけ飛ぶ。じゅっという焼け焦げる臭いが鼻につく。
 顔と胸を庇うために上げた荒垣の両腕が焼け焦げていた。その遠くから「ってええええええっ!!! 何なんだ、一体!」と痛みで起き上がったらしい順平が喚いている。とりあえず無事らしい(顔面から鼻血が出ていたが)。

「って、うお、荒垣サン!?」
「伸びていた挽回だ、テーブルのヒビを狙え」
「りょ、りょーかいっス! おっしゃー! コロマル行くぜ!」

 飛んで行ったシルクハットを被り直して順平はコロマルと一緒にシャドウに畳みかける。
 その様子を見た荒垣がオーガハンマーを握ると、後で蒼い炎が上がる。再び現れたクー・フーリンがその手を伸ばして淡い光を放つ。みるみると腕を痛める火傷が引いていく。

「先輩はズルい」
「…………」
「全然、自分のことを大事にしないのに人のこと気にして」
「それが性分だ…」
「人が気にかけたら逃げるのもですか?」

 そうだ、ずっと二年間逃げられもしないのに逃げ続けていた。
 奪う権利もない戻らないものを奪ったという罪、その先をいつも見ている。

「…てめぇには関係ねぇ話だろ」

 そう言った瞬間、真宵の顔がつらそうに歪んだのを無視して「回復、ありがとうな」と言うと荒垣は駆けた。




2009/09/16