pro-07 | ナノ

第零話 七


「それに、ここまで……みんなで、頑張ってきたんだから……。………」

 とは言っても、やはり自分で自分の手甲に杖を突き刺すなんて怖い。
 敵と相対するように杖を睨む武藤に、やれるかなんて問えない。ぎゅっと握られている武藤の拳が少し震えている。

「おれが、やろう」
「雉明クン……?」
「おれの様を見て決めればいい。その方が二人ともやりすいだろう」

 そう言うと台座の上に手を乗せた雉明が杖を振り上げ、下ろそうとしたのを俺が杖を掴んで止めた。ぐっと力を込めないと杖の動きは止まらず、止めた俺は、こいつ、本気で躊躇なかったんだな、と雉明を見ると「どうしたんだ」と訊かれる。
 …どうしたって、お前。

「…馬鹿。ここまで一緒に来たんだぞ」
「あたしも七代クンに賛成。雉明クン一人にやらせるなんてなんか違うと思う。それに、誰かがやってみて平気そうだからやるとか、そういうコトじゃないよ」
「武藤の言う通りだ。つか、見たら逆にしにくいっつの」
「そうか……。では、どうする?」

 あっさりと止めた雉明に、武藤も台座に近付いて杖と交互に見やると「…みんなで一緒にやる……ってのはダメかな」と提案した。自分の手を台座に重ねるジェスチャーをする。

「手を重ねて一気に―――えいッて。大丈夫、ちゃんとあたしが一番上になるから! それならオッケーよね?」
「本気なのか、武藤? 何故、きみがそんな無理をする必要がある?」

 雉明の言葉に武藤は首を振る。

「無理なんかしてないよ。だってあたし、いま、すっごく嬉しいんだ」
「嬉しい……?」
「うん……あたし、ね。いままでその……あんまり友達とかいなくて。変なものが見えるコトなんて黙ってればよかったんだよね。でもみんなにも知って欲しくてつい余計なコトばっか言っちゃって……。……ウソなんかじゃなかったんだけどな。でも、この眼があるコトでこれからは誰かの役に立てる。それに、いまはもう一人じゃないから。二人と一緒なら、あたしは何だって平気」
「………。七代、武藤。二人とも手を貸せ」
「―――え?」
「おい、雉明…」

 雉明は武藤の手を台座に乗せて、その上に俺の手を重ねさせると、一番上に自分の手を置いた。

「これでいい」

 そして杖を最初にやろうとしたように振り上げる。

「ちょ、待ってよ! あたしは―――」
「おれなら問題ない」
「え……?」
「―――行くぞ」
「あ、え、えーっと―――」
「待てッ、雉明!」
「えッ!?」
「――ッ!?」

 ピタッ

 雉明は驚いた顔をして俺を見た。杖の先は雉明の手甲に触れる寸前だった。
あ、危ねえ…もうちょっと遅かったら、雉明の手にぐっさり入っていた。

「わ……わわわッ!! もう、七代クンってば、危うく刺さるとこだったよ〜」
「いや、武藤。どっちにしろ、刺すんだけどね…」
「あ、はははッ」
「…どうした、七代。何か気になることでも?」

 何か気になることでも、って涼しい顔で言いやがる。

「俺が一番上になる」
「それは……」
「ここまで俺がリーダーできたんだ。それにこれじゃ、さっきお前が一人でやろうとしていたのと変わらないだろ」
「………」
「………」

 雉明と俺の無言の睨みが続く。
 しかしここで引くつもりはない。何かと「おれは問題ない」とか一線引く雉明にここらへんで怒らなきゃ、意味が無い。たっぷりとした沈黙はどれぐらい続いたのか、武藤の手の温かさが伝わり始めたとき、
「わかった。きみがそこまで言うのなら、譲ろう」と雉明が俺の手から退かした。俺はそれにニッと笑うと雉明の手の上に自分の手を乗せた。

「七代クンだけずるいよ〜! あたしだって上がいいのにッ」
「武藤は、そこで」
「武藤は、そこな」

 頬を膨らませた武藤に雉明と俺の声がハモる。
 それに武藤は「ちェ〜」と唇を尖らせたが、なんだが嬉しそうに俺達を見ると「じゃあ、刺すときもみんなでしよう、ね。それならいいよ」と言った。

「なるほど、それなら三人一緒だよな」
「うんッ。雉明くん、杖貸して」
「……きみたちは」
「雉明、お前が俺達を思ってくれるように俺達もお前のこと好きなんだよ」
「…うん、だから一人で走らなくていいんだよ」

 杖を握っている雉明の手に俺が重ねると、そのうえに武藤も重ねる。

「じゃ、改めて……。せーのッ―――」

 武藤の言葉を合図に杖を振りおろす。杖がずぶりと俺の手甲に吸い込まれるのが見えた瞬間、光が走った。

「あッ……!!」
「くッ…」

 強烈な光に視界が奪われる。閃光弾のような眩い光が焼きついて瞼を閉じる。
 じわじわと光が収まった後、反射的に俺達は台座から飛びのいていたらしい。杖は最初に掴んでいた雉明の手のなかにある――手はどうなった?
 手の甲を見てみると、不思議な刻印が浮かび上がっていた。円の中に放射状の線、その上に蛇が絡みついた《隠者の杖》そっくりな模様に、鳥居の紋だ。杖が貫通したせいだろうか、じわじわと熱い。

「これは……《隠者の刻印》……。これが封札師の証、か」
「傷も塞がっているし、全然痛くない……。なんだろう、痣っていうか刺青みたいっていうか……」
「ああ、こすっても消えないな」
『その印こそが封札師の証―――カミフダに記された情報を直接読み取り、最大限に活用する事の出来る《力》だ。以降は平時においても手甲に付属のグローブを着用することになる。台座の傍に箱があるだろう、そのなかに平時のためのグローブが入っている』
「あッ…これだね!」

 武藤が見つけた箱には黒いグローブが三つ入っている。
 あ、コレ、伊佐地センセがしていたグローブと同じやつか。とりあえず最初に支給された籠手を嵌めて、グローブをポケットに突っ込んだ。

『さあ、最後の仕上げだ。お前達の封札師としての《力》……存分に使ってこい。おっと、その前に入口にあった堂の前へ行け』

 伊佐地センセに言われて部屋の入り口にある鏡に向かう。よく見れば堂の足元には白く光っている床があり、輝いている。これも同じ鏡でも嵌めこまれているのだろうか。試しに鏡の前に立つと、光が足元から溢れて、傷が塞がっていく。

 あのコウモリ隠人に噛まれた腕の傷も完全に塞がっていた。

「すげっ、塞がってる!」
「え、こんなこともできるの!?」
『この堂――《封念ノ神鏡(ふうねんのしんきょう)》は前にも見たな。気付いたか? こいつは、さっきの物とは少し違う。接触した時、傷や身体異常が回復する力を感じただろう?』
「武藤と雉明もやった方がいいぞ」
「うん」
『他にも封札した隠人の《情報の断片》を道具に変える事や―――特定の場所と物資を交換する《扉(ゲート)》を開くことも出来る。便利なものだろう! この種の堂は、カミフダの力を受ける前は神域や祭壇だったと推測されている。カミフダはその性質上、祀られるケースが多いため任務先で発見する事もある。見つけた場合は上手く活用するといい。覚えておけよ』

 直った傷を見ながら、最初の《封念ノ神鏡》での「情報の記録」とやらが関係しているんじゃないだろうかと思った。あれに触れることにより、俺という固体の情報が書き込まれて蓄積される。そしてこの特殊な鏡の前に立つと、その情報による修正が加えられて、傷や身体異常の数値が初期化される。

 導いた憶測に俺は首を振った――んな事をイチイチ考えるより、伊佐地センセが言ったように「便利なもの」と考えるのがいい。まず俺には封札師やカミフダに対する知識が足りなさすぎる。