12-2 | ナノ




「骨董を売るのがアタシの商売だっていうのに、根っから研究者だったのはそう抜けないみたいで。……忘れたいと思うものほど後に付いてまわるもんだよ」

 そう言って笑う顔にどこか見覚えがあって真宵は、荒垣だと気付いて目を伏せた。
 何故、ここで荒垣を思い出すのだろうと真宵が思っていると店主は「今日はあのニット帽はいないのかい?」と訊ねてきたから驚いてしまった。

「え」
「前、来た時に一緒に来ただろう? あんたが誰かと一緒にここに来るのは滅多にないからね。あの…変わった女の子が一度きたことはあったけど」
「ああ、アイギス。…この前はごめんなさい」
「いや、いいよ。アレは別にいわくモノでも何でもない普通の骨董品だから」
「………」

 それは『いわくモノ』があるということだろうか。
 この店を見回せば遮光土偶や壺など、一目で古そうと思うものもあれば、ギターや水墨画などの掛け軸、床には虎皮の絨毯と紅いカーペット。たくさんの掛け時計が壁に飾られている。棚で隠れているがベッドに巨大なテディベア――これは深く追求しないほうがいいだろう。とにかくどれがいわくモノなのかわからないほど物にあふれている。商品ということを抜きにしてもかなり慎重に扱うのが無難かもしれない。

「え…と、頼んだアレはできてますか?」
「ああ、そうだったね。ちょうどタイミングはいいくらいだ、できてるよ」

 店主が出してきたものを受け取る――筆頭の苦無だ。
 ここで真宵がするのは単にアイテムを入手するだけではない。この店だけにある特別なこと、つまり武器とペルソナを合体させるというものだ。まだ店がオープンする前、ベルベットルームでエリザベスも「一風変わった」と言っていたが、たしかにすごい技術だ。

 他のメンバーはないのだが、真宵はそのワイルドの特性故かペルソナを現実世界で具現化する方法としてカードにすることもできる。戦闘中には頭のなかで、というべきか付け替えているので使うことはないのだが、ベルベットルームで合体をするときにはカード化したペルソナをイゴールに渡している。そして魔法陣によって合成された新たなペルソナは生まれ、カード化して真宵の中へ還るように霧散する。ここ、眞宵堂でも武器合体を頼むときにはペルソナカードを渡していた。

 店主がカードからペルソナを解凍(?)できるかわからないが、一体どうやって武器合体をしているのか。
 今回はコロマルのために武器合体をお願いしていた。

「すごい、これってどうやるんですか?」

 金の装飾がされている黒光りの苦無を危なくないように布でくるんで持ってきていたバックに入れていると「企業秘密さ」と店主が笑った。もう20日を過ぎた。満月までのカウントダウンも本格化してくるため真宵がそれから後も、ペルソナを強化するためのスキルカードを悩みつつ選んで宝石と交換するときにはすっかり店には西日が差していた。

「まいど。また欲しい物があったら、…いや、来たいときに来ればいいよ」
「ありがとうございます」
「…アタシらもペルソナが出せるんならよかったんだけどね、不甲斐無いったらないよ。自分で研究しているものが何なのか調べるにしても手探り状態だった。研究者だったアタシらがそうだったんだ、あんたたちの苦労は少しだが想像はできる。ま、調べるのと戦いに駆りだされるのでは違うけどね」
「でも、こうやって協力してくれる人がいるだけで力になります」

 店から出ようとする真宵に、店主が自ら扉を開けてくれるらしい。

「フフ、言うね。あんたには苦楽を共に、それも同じ釜の飯を食べている仲間がいるんだから大丈夫だよ……おや、噂をすれば、か」

 店主がドアを開ける前に硝子窓の向こうに視線を向ける。
 同じ方向を見ると、ポロニアンモールの噴水に見慣れた二人の姿が見えた――が、妙な組み合わせだ。真宵は珍しいこともあるんだな、と思っていると店主が「ほら、行っておやり。ついでに荷物持ちにしてやんな」と笑ってドアを開けると真宵を外へ押し出した。

 外に出るとまず順平が真宵を見つけて「お、真宵ッチ。そっちにいたのか」と声をかけてきた。
 真宵は頷きつつ順平の隣にいる人物、荒垣を見た。避けていたせいか、少しドキドキするのを抑えながら言う。

「本当に風邪治ったみたいで、よかったなー」
「うん。えと、珍しい組み合わせだねー……、マンドラゴラにでも行ってたの?」

 ちょうど目に入ったカラオケボックス・マンドラゴラを話に出すと、「オイオイ」と順平の呆れたような笑い顔に、いつものように突っ込みを入れてくれるのだと思っていた真宵に近づくのは別の影。

「何寝ぼけたこと言ってんだ。…熱がまだあんのか?」

 その手が額に伸びて覆われた瞬間、真宵は固まった。
 ついでに視界の隅にいる順平もピシリと地蔵のように固まっているのが見える。見えるが、真宵はどうすればいいのかわからない。そんな様子を知ってか知らずか(はたまた気にもしてないのか)荒垣は「熱はねぇな」と言うと手をどけた。

「ったく、寝込んでた時ぁ、紙みてえな顔色だったんだからちったあ体調管理を意識しろよ? また倒れても今度は粥を食わせてやったりはしねえぞ」

 言われた言葉に真宵はかあっと顔の熱が上がるのがわかった。
 荒垣が部屋にいたことは事実で、しかも、粥を食べさせてもらったことも荒垣はバッチリ覚えているうえに、それを、あろうことか公衆の面前で、しかも同じ寮生の順平がいる前でいけしゃあしゃあと言った。一体何が恥ずかしいのかわからない。真宵はもうどうアクションをとればいいのかもわからず、思うままに荒垣に詰め寄った。

「っ、……な、なんで今それをココで言うんですかっ! じゅ、順平だっているのに!」
「……なんだ、伊織がいると何か不都合でもあるのか」

 途端に声のトーンが低くなる荒垣に順平が「お、オレ!?」と完全にビビリの入った声を上げる。
 それをフォローすべく(もともと深い意味などなかったのだが)真宵は、順平じゃなくてもダメですッと荒垣の袖を掴んだ。

「…フン」

 ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた荒垣に真宵は少し驚く。
 一緒に夕飯を食べたとき以来じゃないだろうか、そんな表情に、ああ、戻ったのかもしれない、と真宵が少し希望を持った瞬間、

「公衆の面前で恥ずかしいやつだな。照れているからって噛みつくな」
「〜〜〜〜ッ!?」

 恥ずかしいことを堂々と口にしたのは荒垣であるはずなのに、何故だろう。
 自分のほうがまるで恥ずかしいことをしてしまったような羞恥を感じてしまったが、飲み込まれてどうすると真宵は首を振る。

「わ、私が恥ずかしいのは先輩ですっ。お、お母さんだからって…だからって……、あれ、お母さんだと普通なのかな」
「ちょっと待て真宵ッチ! そこは納得しちゃだめだろ!?」

 顔をひきつらせていて使い物にならなかった順平が回復したのか、真宵の肩を掴んで言う。そしていつになく真剣な顔で順平は荒垣を見やった。

「荒垣サン、あの…」
「なんだ。別に心配しただけだろ」
「……コイツと付き合ってるんスか?」
「ちょ、順平」

 いいから、と順平は真宵を制す。真宵は違うと断言したのを覚えているのだろう。だが荒垣に改めて問うのは男の順平から見ても、違うと思うからだろうか。
 真宵も荒垣を見ると、荒垣は「何を大げさな…」と呆れた表情をした。

「何を勘ぐっているか知らねぇが、コイツは同じ寮生だ。顔見知りのヤツが参っていたら気にするだろ」

 寮生。顔見知りだから。
 何故だろう、胸が小さく傷んだ。酷いことなんか言われていないのに。
 ギュッとバックを掴んだ手に力が入る真宵から順平は手を退け、「……、わかりました。変なコト言ってすんません」と言った。しかしどこか納得していない表情だ。荒垣は表情の変化など特に見せずに「用事が済んだなら帰るぞ」と順平と真宵を促したのだった。




2009/09/22