01--2009/09/10 『リーダー、避けて!』 「う、わわっ!」 「馬鹿!!」 ビュン、と繰り出された武者姿のシャドウの斬撃攻撃が真宵の頭に向かったのを、美鶴が後ろに引っ張って避けさせた。その勢いで真宵は尻餅をついたのを一瞥せずに美鶴はフブーラを唱える。 青い光を放って現れるペンテシレアの氷がシャドウを消滅した。 『先輩が撃破、敵シャドウ消滅!』 召喚器をホルダーに収めて、紅い髪を掻きあげた美鶴は真宵を見やった。 薙刀で支えをとりながら立ち上がった真宵を見る眼はつり上がっていて、それを真正面に受けた真宵は思わず身が竦んだ。 「まったく、敵が目の前にいるのに気を抜くなど注意力散漫じゃないのか?」 「す、すみません」 ここ最近ではなかった美鶴の苦言にしゅんとうなだれる真宵の姿は確かに珍しい。 天田はきょとんと瞬きをしてその光景を眺めていたが、あ、と口を開いた。 同じくして美鶴も気付く。 「髪がほつれているぞ」 「えっ!? あ、ホント。さっきのでかすったみたい……う、ヘアピンの残骸が」 「動くな」 「大丈夫ですか?」 パラパラと後ろ髪をまとめていたヘアピンの砕けたものを美鶴が取り除いている。 天田もコロマルと一緒にかけよると、真宵は「不覚」と苦笑した。やがて、ムムッ、と美鶴は難しい顔をした後「困ったな」と呟いた。 「すまん。私はこういうのは慣れていなくて、力になれそうにない。おおよそは取れたと思うが、一度岳羽たちに見てもらったほうがいいな」 「エントランスに一旦戻りませんか? さっき、見つけました」 「そうだな。何かの拍子で頭皮を傷つけかねない」 『今、そっちに敵はいないみたいです』 戻る雰囲気ができているのを察した真宵は「じゃあ」と頷いてエントランスに帰還した。 「ちょっと、真宵大丈夫?」 「目立った外傷はないようです」 「美鶴先輩のおかげで助かったよ。でも……ごめんね、天田くん。早々に帰還しちゃって」 「いえ、気にしないでください」 謝られて天田は頭を振るが、真宵の髪に絡んだヘアピンを取り除こうと集まる女性陣に気後れして(コロマルは残っている)男性陣のところに向かった。正直、別々とはいえ寮に帰って来た荒垣や真田はどこかピリピリとしているし、順平は上の空のようなところがあるから居たい場所ではない。 あのチドリというストレガの仲間を拘束してから日数が経つごとに芳しい様子ではない、というのは天田もそれとなく気付いていた。コロマルもこっちくればいいのに、とタルタロス内部に入る前の雰囲気を思い出してちょっと憂鬱になりながら天田は近づいたが、そんな気配はなかった。 だが、男性陣たちの視線は女性陣に向かっているようだ。 「珍しいスよね」 「確かにな」 「? ああ、そうですよね。リーダーがシャドウに不意打ちをとられるなんて」 「あー、天田少年は気付かないかなあ。このレア度」 指差す順平に「失礼ですよ」と天田は言いつつ、二人が見ている方に視線を向ける。そこには殆ど後ろ髪を解いている真宵がいた。綺麗にまとめあげられていた髪はきっちりとされていたのであろう、赤銅色の髪は肩を超えて緩やかに流れていて、長いんだな、とぼんやり思った。 「女の人って大変ですね」 「ああ、あれだけの髪があったら相当重いだろうな。……いいトレーニングになる」 「ええっ!?」 しみじみと頷く真田に、順平は驚く。この人、何でもかんでもトレーニングに結び付けすぎじゃないだろうか。その順平の横で、「馬鹿か……」と呟く声。 「あ、荒垣サンはわかります!? ギャップって大事なことですよねっ」 「…………」 「皆さん、今日は引き上げるであります」 「うおっ!? アイちゃん、気配消して近づかないで。ビックリするからさ」 荒垣もアイギスの登場に驚いていたが、順平のように取り乱す素振りは見せない。 ただ驚いたことに苛立って、チッと舌打ちした。 「全部取れたならもう一度編成して行けるだろう」 そこで食い下がるのはさすが真田明彦。空気など読まない。 「リーダーの髪をとめるものがありません。戦闘に支障をきたす恐れがあると判断されました」 「仕方ないスよ、真田先輩」 「むむ……」 「わがまま言うな、明彦。次の満月まで時間はある。無理をして体調を崩したら元も子もないぞ」 「……仕方ない、な」 「さすが桐条先輩、鶴の一声」 「ガキが先輩だと苦労するな」 「何だと!?」 カーンッ、とゴングが鳴り響くのを順平は聞こえた気がした。 巌戸台分寮の1階ラウンジ。 そこでコーヒーを飲もうとしていた荒垣は、最近できたコロマルとの療の時間を過ごしているはずの空間にアイギスがいたことに片眉を上げた。思わぬ真宵の失態に早々、タルタロスから帰還した今は影時間である。耐性があるとはいえ、血の滴る街を徘徊するメンバーはおらず、皆部屋に引き上げているはずだ。 「オメー、そこで何やってんだ?」 荒垣のようにコーヒーを飲む、ということはないだろう。心を持っているとはいえ、アイギスは何かしらの栄養分を摂取する必要はない。 荒垣の言葉に、アイギスは迷う素振りもなく「真宵さんを待っています」と問いに答えた。言われて荒垣は納得する。詳しくは知らないが、荒垣が復帰する前の屋久島旅行でアイギスは真宵に「わたしの一番の大切は、あなたの傍にいる事であります!」とカミングアウト(?)をしたらしい。 「なんだ、アイツも起きているのか」 「はい。一応、髪留めなる残骸を摘出することはできましたが細かい部品は洗い流すのが得策であると判断したようです。そのため、帰還後浴室に向かった真宵さんをこのように待っているであります」 「……そうか」 息継ぎなしの流暢な言葉。 どことなく人間味が薄い言葉遣いはやはりアイギスが人型である、というのを思わせる。そこら辺もギャップ萌えスよね、と順平は言っていたが荒垣の嗜好の範疇ではなかった。 それより、真宵が出て来るならば自分はいない方がいいのではないだろうか。部屋でコーヒーを飲むか、とマグカップを持ってダイニングを出ようとした荒垣に、今度はアイギスが声をかけた。 「どうかされましたか?」 「別に。部屋で飲もうと思っただけだ」 「ここでコーヒーを飲んでから部屋に戻るのではないのですか?」 「!?」 誰かに言ったことなどない。 が、アイギスは荒垣の常を知っているような口振りである。誰から聞いた、と訊ね返す勇気はない。見た目で怖いとか思われている自覚がある自分が犬に癒されているとか――そこまで思い至って荒垣の視線はアイギスの足元にいるコロマルに向かった。確か、こいつ、犬語翻訳機能付き、と気付いて荒垣はなぜかの原因に頭を抱えた。コロマルが悪いわけでもないし、空気を読めないからと言って(そこは荒垣の主観であるが)アイギスを責めるわけにもいかない。 ただどうしようもない気分に戸惑っている間に、扉が開いて真宵がラウンジに出てきた。濡れた髪をタオルでぬぐった状態で、月光館のジャージを着ている。 「あ、れ? 荒垣先輩、アイギスと一緒って珍しいですね」 「真宵さん」 「アイギス、待っていてくれてありがとう」 →後編 |