教師パロで言切 | ナノ

諸注意
・切嗣くんは教師である。
・言峰くんは教師(養護教諭)である。
・ゆえに教師パロと結論づけてみましたが、色々踏まえると学校パロ?
・切嗣くんが何だか下らないギャグを言う。
・言峰くんが(諸事情により)かなり暴力的な突っ込みをする。
・あれ?漫才?
・最終的には夫婦漫才か調教でいいと思う(ぇ)。
・パロディの設定上モブが出てくる。
・季節感を無視して始まりは夏。





 ザアアァァアアァァ……

 うるさい雨の音だ、とまずそう思った。
 続いて身体を叩きつける水の冷たさと肌に纏わりつくシャツが鬱陶しくて、払いのけようとした。
 けれど腕も指先すら思うようにピクリとも動かせずに、身じろぎだけに留まれば、次は疑問が湧いた。

 なぜ、己は不自由なのだろうか。

 ぼやける視界に映り込んだ腹部に腕が生えている。いや、生えているのは別のものだ。
 生白い、弱弱しい腕が離れて隠されていた部分が露わになる。
 腕を退けた相手が降りしきる雨と大差ないくらいに顔を涙で汚しているのも見えて苦笑した。

(――ああ、そうか。だったら仕方ない)

 じくじくと痛みと一緒に流れていく赤い筋が排水溝に流れていく様に視線を落として意識を手放した。





 大量の水が弾く音に、ふと足を止めて2階の窓から外を見下ろす。
 そこには初夏にも負けず、水が引かれる前のプールにホースの水を撒き、デッキブラシでわいわいと洗う生徒の姿があった。そのうちの一人が窓から覗く男を見つけて「センセー!」と手を振るので、彼はとりあえず振り返した。

 男、衛宮切嗣は春の人事異動で去年からこの私立高校に着任した教師である。
そして補足するならば、切嗣はかつてこの学び舎に席を置いた生徒であり、実に10年振りに教師として戻ってきた。しかしその感慨はだいぶ異なるものとして彼の裡に広がっていた。

 切嗣がここを学び舎として過ごしていた時、いや3年前までは、それなりの歴史ある男子校であったのだ。それが少子化の波にのまれて3年前に共学となっているのである。校舎のほとんどが変わっていないものの、襟詰の学生服は消えブレザーのスタイルに変化しているところや女生徒の姿を見ると、切嗣にしてみればカルチャーショックどころかまるで知らない高校のように思えたものである。
 それもあって今年から1年A組のクラスを任されて内心戦々恐々していたのが、アタリ年と言えばいいのか幸い切嗣の手を煩わせる生徒は少ない。

 数日続いていた雨が上がりきって青一色に広がる空の下ではしゃぐ生徒は切嗣の受け持ちの子たちだ。
 おそらく切嗣の生徒たちも陰鬱な梅雨が過ぎて、プール開きになれば今以上に喜ぶだろう。こう蒸し蒸しとした暑い日が続いていれば、冷たいプールで授業の一コマを潰したいと思うのは人情だろう。

(僕も素直に喜べたらいいんだけれどね…)

 思うだけ無駄だとは思うが、切嗣はひとり、ジャージ姿の生徒たちとは裏腹にため息を吐いた。

 切嗣は泳げなかった。率直に言えばカナヅチである。
 小学生の頃に出かけた市民プールで背中を押されてプールに突っ込んで頭を強打した経験が、楽しかったはずのプールの思い出をあっさりとトラウマに挿げ替えたのだ。それから中学、高校と進学して夏になると必ずプールの授業があったものだから適当に病欠と嘯いたり、サボったりした。

 このように回避しつづけていた切嗣のなかでは、カナヅチであることを打ち明けることは特に嫌なものの一つになっている。
 弱みなど見せたく者なら特にバレたくはないと思っていると、近づいてくる足音が耳に入る。
 切嗣は視線を廊下に移して顔を顰めた。

(…そう、たとえばコイツには知られたくないな)

 切嗣は段々と距離が縮んでくる相手を一瞥したのちに視界から除外した。
 跳ね癖のおおい黒髪の切嗣と比べれば、明るく硬質な赤毛に長身を覆う白衣が養護教諭であることを一目で教える。今年から着任した新任の養護教諭、言峰綺礼も切嗣に気づいていたようで視線を一度寄こすだけすると挨拶をすることなくただ通り過ぎた。

「…………」

 言峰はほとんど年の差などないように思える数少ない同僚であったが、切嗣は言峰を快く思っていなかった。というより、言峰がよく思っていないらしいことが初対面からありありと見せていた。
 普段は保健室にいるか、保健の授業のために教鞭を振るう以外何をしているかわからない。
 そんな相手と積極的に会うようなことはないというのに、何故か言峰は何か少しの苛立ちを見せて切嗣を見る。責められているような気もして最初は切嗣も記憶を辿って、何かしたのだろうかと考えていたが1ヶ月が経ち、2ヶ月目に入れば切嗣の気持ちも変化が出始めた。

(馬鹿だろう。何か文句あるなら面と向かって言えばいいんだ)

 まるで言峰の持っている得体のしれない苛立ちが切嗣に伝染したように、小さな苛立ちと違和感が渦巻いては離れなかった。





 切嗣の携帯電話が鳴ったのは、日もとっぷりと暮れた8時頃だった。
 誰だこんな時間に、とようやく一段落がついてアパートに入った切嗣は液晶画面の名前を見て怪訝な顔をした。知らない番号だ。だが、個人の携帯でもなく、このあたりの地元の番号であったこともあって切嗣が電話に出ると『センセー』と情けない声が聞こえた。

 オレオレ詐欺か、あるいはと考えているとすぐに追って『アサノだってば』と慌てた声が上がった。切嗣の受け持つ生徒の顔を思い出して、ああ、と息を吐いた。

「普通、センセーの前に言う言葉があるんじゃないかな?」
『夜分遅くにスミマセン、衛宮切嗣センセーでしょうか』

 伸ばさない、と注意をすると再び情けない声が出た。

「何だい。あまり下らない内容なら即座に切るよ」
『ひっでえ!それでも教師かよ』
「下らない内容でなければ問題ないだろう?それで、どうかしたのかな」

 切嗣が促すと、生徒は『いや……うん、まあ……』と言葉を濁す。
 どうも下らない内容であるらしい。

「切るよ」
『ちょ、ちょっと待って!センセー、俺、マジで困ってんの!』
「だから何に困っているんだ?」

 僕は夕食なんて放置して今すぐ寝てしまいたいんだけれど。
 暑い夏を乗り切るものが扇風機しかなく、ウーンと小さな機械音を鳴らしながらプロペラを回す扇風機の風に当たりながら切嗣は促す。だが生徒はそれでもしばらく悩んでいる素振りを見せてくるので、本気で切ってやろうかな、と教師としての体面を捨てようとした時、小声で彼は言った。

『実は……今日、プールの更衣室に忘れ物してさあ』

 ああ、と切嗣は思い出す。
 数日前のプールの掃除で、今日、めでたくプール開きとなったのだ。
 その最初の恩恵を受けたのが、切嗣のクラスの生徒たちであった。男子は元々あった古い更衣室をあてがわれ、女子は元は倉庫であった場所を改築したという、小さいが真新しく綺麗な更衣室を利用することになっている。

「それで、何を忘れたんだ?」
『………。………』
「切るよ」
『ぐッ、…グラビア雑誌』
「……あのね」
『だっ、だから、ミヤハラに借りたのにそのまま更衣室に置いてきちゃってさ、このままじゃあ昨日のプールはA組しか使ってないから完璧にバレるっていうか…』
「バレて怒られるのは、君たちだろう。自業自得だね」

 そして、いくらか教師の評価に響くのは仕方ない話だろう。
 以前のように完全な男子校であったなら、それくらいあっても教師は苦笑していくら かの小言で済ましてくれただろうが、女子の数は少ないとはいえ共学だ。まして最近の親は何かと敏感で、学校もそれに倣うように生徒の行動には敏感にならざるを得ないから、風あたりが厳しいのは目に見えていたことである。
 そんな小さなことくらい、忘れるようなヘマをしなければよかった話だ。

『わかっているけど、うう。ミヤハラにも悪いし、それに……女子がいるじゃん、ウチのクラス』
「……そうだね」

 なるほど。彼にしてみれば、怒られる前に女子の目があったのか。
 新学期が始まってまだお互いに手探りのような時期に、少ない女子の噂はあっという間に広がる。

 合コンもバイトも規則として禁止されている以上、教師を上手く出し抜くことができない生徒にしてみれば出会いは学校生活に限定される。1年生の初っ端。それをここで印象を悪くするのは避けたいのも分からぬわけではない。そう思えば、切嗣にはなんだか彼が憐れに思えてきた。

「不運だったね」
『うげ』
「まあ…、それでも初犯ということで今回は大目に見ておこうか」

 切嗣の言葉に光明を見出した彼が『じゃあ!』と声を上げる。

「ただし、一週間没収」

 それくらいの罰はあってしかりだ、という切嗣に生徒はしぶしぶ了承したが『もしかして、センセーが読みたいわけじゃないよな』と邪推したため「シュレッダーにかけてお前の机のなかに詰め込むぞ」と割と本気でそう言った。

 それから電話の後が大忙しだった。

 アパートと学校の距離は徒歩で5分程しかないからよかったが、駐屯している警備員に連絡をつけて校舎を開けてもらわなくてはいけない。警備室に連絡を入れると長年勤めているという初老の警備員が出てきたので、口早に理由を告げて校舎を開けてもらうよう頼んだ。

 断られるかもしれない。その不安は意外にもあっさりと了承した言葉に消えて、部屋着のまま適当に鍵だけを持って切嗣はアパートを出た。

「ああ、衛宮先生。御苦労さまです」

 学校に着くと懐中電灯を持っていた警備員が外灯の下に立っていた。
 濃紺の制服に中太りの身体をきゅっと詰め込んだ福々しい顔をニコニコとさせながら出迎えてくれるが、まさか外で待っているとは思わなかった切嗣は駆け足で近付いた。

「こちらこそ遅くに申し訳ありません」
「気にせんでください。大変ですねえ、先生ってのも」
「いえ、それより外でお待ちいただいているとは思いませんでした。何かあったんですか?」

 アパートを出る前の電話は、確かに『では警備室にいるので着きましたらお声をかけてください』という言葉で締めていたはずだ。それを警備員も思い出したのだろう「いやあ」と白髪交じりの頭を撫でる。

「実は衛宮先生からお電話をもらったあと、すぐですね、別の先生からもお電話がありまして」
「別の?」
「ほら、ええと先生と同じ―――ああ、来ましたか」

 近づくエンジン音に警備員は駐車場前に張っている鎖を外してポールを退けさせる。
 ライトが切嗣の目をわずかに焼き、一台の車が駐車場に入っていく。夜で見えなかった運転席のドアがあき、車内のライトで相手が誰か分かった瞬間、切嗣は自分の生徒にかけてしまった情けを早々に後悔した。



2013/1/30