※オリジナル人物たちが出張る残念クオリティ。 四回戦 マスター:岸波白野 マスター:×××× 決戦場:四の月想海 2階廊下の掲示板に貼られた名前を思い出す。 対戦者であるマスターは確か、隣のクラスで(凛ほどではないものの)人気のある女生徒だった記憶がある。高校生とは思えぬような完成されたプロポーションと容貌を兼ね備えた艶やかな印象の生徒だったが、今から思えば、自らの外見(アバター)をカスタマイズしていたのだろう。 偶然、廊下ですれ違ったときに鼻で哂われたように感じたのは気のせいではないはずだ。 魔術師としての差がすでについている。 そんな優位を感じさせる笑みだった。 ・ ・ ・ 駄目だ。アレは、鼻が利くサーヴァントだ。 おそらく奇襲や暗殺に覚えがある伝承をもっているのだろう。 アーチャーはイチイの毒を仕掛けようと構えていた腕を落として外套に身を隠すと、素早くアリーナの外に出た。廊下を抜けて購買のある地下1階に下りると、食堂でカレーパンをかじっていたマスターに霊体化したまま声をかけた。 『意外と図太い性格してますよね、アンタ』 呆れと感心と安堵まじりに投げかけた言葉に、マスターである彼女は呆れを強く感じたらしい。 アリーナでお腹すいて動けないなんて嫌だから、と拗ねる。 過剰なくらいに頑張りすぎているからだろう。基本的にサーヴァントであるこの体は戦闘以外の疲労と無縁である。しかし生前の記憶と経験からマスターが鍛錬に費やす時間も根気も並大抵ではない。 もともと記憶とあいまって未熟であることに自覚を持っていたマスターはアリーナでの鍛錬に力を入れているのは気付いていたが、あの一回戦を経て、彼女はますますアリーナに時間を割いている。 第一階層の敵性プログラム(エネミー)の習性や癖はもうすでに完璧に網羅しているだろう。アーチャー自身の個人能力はいまだ完全とは言い難いが、マスターによる指示は大分無駄がなくなった。 ああ。マスターの努力は認めよう。 だが、アーチャーはやはり確証を得られるだけの策を、罠を、毒を、張らねば気が休まらない。 『これからアリーナに行くんですか?』 そのつもりだけど…、どうかした? 今行けば、アリーナで敵マスターたちと鉢合わせする可能性はないだろうかと瞬時に計算する。 一日目で一階層のアリーナを網羅したため、アーチャーにはアリーナの正確な地図が浮かび上がる。敵マスターがいた地点と出入り口の距離、その速度からおおよその時間が割り出せる。 (マスターが食べ終わる頃には向こうさんも学園に戻っているだろう) 『……いいえ。そんじゃ、今日もほどほどに行きましょうか』 ・ ・ ・ 暗号機は手に入れているし、隠し通路も含めて地図は完璧だろう。 そろそろ戻って問題はないと動かそうとした足が止まった。 動くものの気配。 その姿が見知っている――しかも敵マスターではない人物に驚いた。 どうしてこんなところに藤村先生が!? こちらに駆け寄ってくる藤村から「助けてッ…!」と悲鳴が上がる。 その声と表情が、一回戦で倒した敵マスターとダブる。咄嗟に倒れ掛かった体を受け止めようと走りよる、と。 「ッ!離れろ、マスター!!」 え? 「ふ、お優しいことだな…」 ドッ、と体が後ろに薙ぎ払われる。 いや、それだけじゃない――腹部を手のひらで押さえれば、じわじわと滑り、鼻腔には鉄に似たニオイ。 斬られた。 斬られて、血が出ている。 「おや、真っ二つとはいかなかったか。サーヴァントに助けられたな」 藤村が笑う。いや、藤村の姿をした何者かが哂う。 チラリと背中から自分を抱えるアーチャーに視線を向ける。あの一瞬、真っ二つに斬られそうになる寸前でアーチャーが後ろから引っ張ってくれたおかげで胴体はまだ繋がっている。 「ふふ。ホントウに生真面目(バカ)なんだから、岸波さん?」 カツンとヒールのある靴を鳴らして現れた敵マスターが嫣然と微笑む。 「奇襲や罠が得意なのは、そちらばかりではない」 「フフ、あのときは、あなたのサーヴァントの殺気(しせん)が熱くて火傷するかと思ったわ」 「チッ」 「いい男ね。けど、そんなバカなマスターじゃあ貴方も気の毒だわ」 返す言葉がない。罠である可能性を見逃すなんて。 悔しさのあまりに痛みを忘れそうになった自分に、敵マスターである彼女が藤村の姿をしたサーヴァントに声をかける。 「辛いのが長引くなんて可哀そう。今度こそ楽にしてあげて、セイバー」 勝ちを確信したがゆえのクラス名の暴露。 サーヴァントも理解しているのだろう、咎める素振りもみせずに先ほど凶刃を振るった一振りの両刃剣をヒュンと一薙ぎして構える。 ――絶対絶命だ。 だが、フッと耳元で呼気が聞こえた。 「いいや、此処は逃げさせてもらうぜ。ここで死なれちゃ契約違反なんでね」 その声音でようやくアーチャーが笑ったのだと分かった。 敵マスターが柳眉を跳ね上げる。 「いくらあなたが、気配遮断に長けたサーヴァントだとしても傷を負ったマスターを抱えて逃げるのをみすみす逃すと思って?あたしのサーヴァントはこの剣で敵勢から逃れ、なお屠った伝承を持つのよ」 怪訝を隠しもしない相手にアーチャーは言った。 「確かに奇襲は得意みたいだが、アンタら主従はそろって間抜けらしいな」 「……なんですって?」 「!マスター!」 「え……あ、……あああああああッ!!」 え? 不思議な光景が再び目の前にあった。 敵マスターとサーヴァントの姿が急に揺らいだのだ。まるでジャミングが入ったように、画像が荒く、不鮮明なところができる。しかしその後ろから別の――何か、同性とは思えぬ低い声まじりの……。 「おまええええええ!!!」 !?!!? 「ほい来た、今のうち!」 固まる自分を抱えてアーチャーは「顔のない王」を展開し脱兎のごとく逃げ出した。 ・ ・ ・ なんとかマイルームまで逃げのびた。 だが、それは生きのびたというには辛い。 腹部に走った傷が痛い。できれば保健室で桜の治療を受けたいが、翌日にならなければ保健室は開かない。応急処置を施すことしかできないだろうが、生憎自分にはその知識はとんとなかった。 なんとか保健室が開くまでもたせなければ――ここまで運んでくれたアーチャーに面目が立たない。 ふつふつと額に滲む汗に歯を食いしばっていると前方が暗がりになった。 今度は何? 「手、退かして。応急処置しますんで」 ……アーチャーが? できるの? 「これでも奇襲や暗殺は日常茶飯事でしたからね。治療も解毒も一通りの知識と経験がありますよ。それとも、記憶喪失のお嬢さんにはその記憶がおありで?ないでしょう?ないならオレの応急処置、受けてくださいよ」 畳み掛けるようにまくし立てるアーチャーの言葉が、半分もわからない。 けれど薄ぼんやりとした部屋のなかで浮かぶアーチャーの顔が真剣なのと、応急処置の言葉は拾うことができた。 そうだ。任せよう。 契約してくれたサーヴァントに命を預けることは、あのステンドグラスに囲まれた伽藍堂で決めたことだ。 諾の意を示すため、強張った顔の筋肉を総動員してアーチャーにようやく微笑んでみせた。 ・ ・ ・ 「よくもちましたね、岸波さん。けど、初期段階の応急処置がよかったからです。無茶はあまりしないでくださいね。命はひとつしかありませんから」 ありがとうと言うと「いいえ、これも私の仕事ですから」と桜は言った。 凛にも礼を言った。彼女も宝石魔術を施してくれたおかげで傷口はぴったり塞がるどころか痕もほぼ見えない。 「いいわよ、別に」 保健室では姿を現さないアーチャーにも礼を言おうとマイルームに戻ると、 「すみませんでした」 突然サーヴァントは謝った。 「アンタに怪我を負わせたのはサーヴァントであるオレの責任ですから」 いや、勝手に敵の罠にかかったのは自分だ。 あの時、アーチャーは自分の行動に驚いただろうし肝を冷やしたかもしれない。 だから謝らなければならないのはむしろこちらであり、生き残れているのはアーチャーのおかげなのだから感謝を述べさせてほしい。 そう言うのだが、アーチャーは納得がいかないようで、 「保健室でマトウサクラも言っていたでしょう。アンタは意識が朦朧としていて自覚薄かったかもしれないですけど、本当に危なかったんです。最悪ですよ。よりにもよって奇襲で遅れをとっちまったんだから」 後半はブツブツと独り言のようになっている。 でも、生きているのはやっぱりアーチャーが護ってくれたおかげだ。 アーチャーだから生き延びた。 ありがとう。 あなたのおかげで私は生き残った。 「…………」 アーチャーは何か不味いものでも食べたかのような顔になっていた。 2013/2/4 |