緑茶編3 | ナノ

-3- It's essential that we have a conversation about ourself.


 二回戦
 マスター:岸波白野
 マスター:××××
 決戦場:二の月想海

 ぐわんぐわんと微振動と共に下りていくエレベーターのなか。
 対戦者である敵マスターと対話を望んだが、2、3言交わす以上のことはできなかった。あとは決戦場で戦うまで待つのみである。
 そこで心配になったのは隣に立つアーチャーのことだった。

 今回は――……。
 それ以上言葉も出ず、また出すのも躊躇う自分にアーチャーは察したようにうなずいた。

「心配しなくてもいいですよ。…今回は、オレから何かをする必要はないみたいですから」

 ………?

 どういう意味なのだろうか。
 いや、戦いを前に深く考えるのはよそう。アーチャーが前回のようなやり方をしないといってくれるならそれがいい。…はずだ。

 ガタンと一際大きな音を立ててエレベーターが止まった。





「勝者は、岸波白野(きみ)か。おめでとう。今回も無事敵マスターを殺し、そして聖杯へ確実に進んだわけだ。次回も聖杯の加護があらんことを」

 エレベーターで向かえた神父の、背筋をざわつかせるような笑みと薄っぺらな祝辞が頭でリフレインする。

 ………。

 ぐっと膝の上で組んだ手にきつく指を食い込ませる。
 
 落ち込むな。
 落ち込んで何かが変わるわけではない。

 ――オレから何かをする必要はないみたいですから。

 アーチャーの言葉通り、彼は決戦までアリーナを猛毒で汚染するような真似は一切しなかった。決戦でも問題はなかった。自分は得るかぎりの情報(マトリクス)を取得し、真名を見つけ、練り上げた戦術をもって相対した。
 アーチャーは得物である弓に加えて、二振りのダガーナイフを使って応戦してくれた。

 ただ、勝利はまたしても思わぬ形で実現した。

 敵マスターの自害。
 それは戦闘の終盤、対戦者は、己のサーヴァントの制止も振り切って自分の喉を切り裂いた。
 何が彼女の気を狂わせたのかは最期に放った“殺すのはもういや”の言葉が物語っていた。

 生きたいという気持ちより殺したくないという思いが上回った結果だというのか。

 ならば自分は一体、なんだというのか。
 マイルームで疲労を回復せねばならないのに、ちっとも回復することに専念できない。すると外套を脱いでいたアーチャーが言った。

「大なり小なり生命は生命を殺して生きている。生きるっていうのは、そういうことなんですよ。あのマスターは自分の後ろにいる死人に怯えて、戦いを放棄した。まあ所詮は、価値観の違いってやつです。お嬢さんにその根性がなくてむしろ良かったですよ、オレとしては」

 それだけだ、と彼は皮肉げに笑う。
 慰めているのだろうか。だとしても、随分ひどい話だけれど。

 英霊とは――聖杯戦争に召還された英雄はそれを理解している。そして魔術師の願望のために、直接手を汚している。
 そのことにふと疑問がわく。
 英霊自身には見返りがないというのは不公平ではないのだろうか。

「…変なことを聞きますね」

 アーチャーは初めて年相応の戸惑った表情を見せた。
 手甲で覆われた指で頬を掻く。

「まあ、このモデルとなった聖杯戦争には英霊にも優勝した暁に、副賞があったらしいですけど」

 それは、サーヴァントの魔力で編まれた体から、人と同じ肉体を得る“受肉”というもの。英霊それ自体は個人と切り離された存在ではあるが、受肉とは即ち復活と言ってもさしつかえないだろう。

 そんな奇跡とも呼べるものが副賞だなんて。
 願望機と呼ばれる聖杯のすごさの一端をようやく知った気になる。

 アーチャーも受肉したいのか?

「いいえ。この聖杯戦争の懸賞たる聖杯にそんな機能があるかはまた別問題。仮にできても、他のマスターから聞く限りの現実世界で受肉したいとは思いませんがね。やりがいはありそうですが」

 そういえば彼のスキル、破壊工作はどちらかというと凛が所属するレジスタンスと水が合いそうだ。

「それに、サーヴァントは令呪のもと、魔術師と魔力供給のパスを含めた主従契約を結んでますけど、いわばムーンセルが人材派遣会社みたいなもんでして」

 つまり、サーヴァント=派遣社員。
 マスターは直接雇用をするのではなく、間接雇用ということか。サーヴァントはおおよその知識をセラフから得ているとはいえ、たとえがいやに俗っぽいというか……出会った当初の人智を超越した存在との邂逅に全身がふるえた記憶が遠くなるというか。

 アーチャーの性格がややスレていたのは気付いていたが、英霊に対する夢みたいなものを彼は潰しにかかってくる。

 そう言うと、アーチャーはニヤリと人の悪い笑みを浮かべて肩をすくめた。

「すみませんね。けど、英霊に夢を持っていたなんて可愛らしい所があるとは」

 ムッ。

「でも、そんな日和ったことが言えるんなら自分が思っているより現状になれてきていますよ」

 …………。

「責めちゃいません。むしろ、いつまでも巻き込まれたみたいな顔で居られても迷惑ですし?」

 責めているように聞こえるのが悪いというのか。

「いいっすか、生命っていうのは停滞したら終わりです。困難な状況を克服してこそ地上の生命は反映して未来を作ってきたんでしょ。だから、アンタは前だけ見てりゃいいんです。足を止めるようなもんは掃ってやります。……どうせ考えたって答えはでませんて。ただでさえ記憶喪失で軽い頭なんすから」

 訂正しよう。

 このサーヴァントは、スレている上に軽薄だ。
 奇襲・暗殺を抜いたら町娘にしか効果ない甘いマスクが残るだけとか言っていたけれど、本当にそうかもしれない。

思わずムカムカと来るようなことを、この短いやり取りの間に何度覚えたことかと思うと、そんな彼に共に戦うマスターとして認めてもらいたい自分がバカらしく感じる。それでも彼なりに自分を励ましてくれていることがわかった。
 こうやって“会話”ができなければ、彼や自分がどんな一面を持っているかなんてわからなかった。
 だからイーブンとして憎まれ口を返すのはやめよう。

 些細なことが嬉しいだなんて、自分は随分単純な人間なようだ。



2013/1/