一回戦 マスター:岸波白野 マスター:×××× 決戦場:一の月想海 結果――岸波白野の勝利。 ・ ・ ・ どういうことなんだ、アーチャー! 一回戦を終えたマイルームで、自分は声を張り上げ、アーチャーを問い詰めていた。 聖杯戦争に参加してはじめて出した大声に喉がひりつく。しかし、言わないわけにはいかない。マスターである己が言わなければ、誰が彼に言葉を投げかけるというのか。 「別に。やりうる最善の策を講じて決戦に挑んだだけっていう話じゃないすか」 最善? 決戦前日のアリーナ全体を猛毒にすることが!? 決戦前日、アーチャーはアリーナで結界宝具「祈りの弓(イー・バウ)」を使用した。 それはアリーナ全体を猛毒で汚染するという何とも悪辣なやり方である。出口までの道を最短でも行かなければ死んでしまうほどの猛毒を本来は有しているものの、記憶喪失で未熟なマスターという制限(ハンデ)がかかったせいでその効力は違和感程度のものになっていた。 しかし気付かないほどの小さな毒は、蓄積されれば致命傷に至る。 結果、一回戦で敵のマスターとサーヴァントは気付いた頃には全身に回った毒によってなかば自滅のように敗退したのである。 「英霊だと……聞いて、呆れる!貴様のような者は英霊を名乗るにもおこがましい!」 黒ずんで崩れ落ちる敵マスターの悲鳴にまぎれて向けられた、サーヴァントの侮蔑まじりの怨嗟の声。 アーチャーはどこ吹く風のようにそれを眺めていた。 「そんなの、気付かなかったアンタらの不始末だろ」 柔らかな色をした髪から覗かせる碧の瞳が冷たく敗者を見下ろして、そう吐き捨てた。 敗者は電脳死を迎える。 事実、自分は対戦者を殺してしまった。 ただ生きたくて。 目の前に突きつけられた残酷な現実に打ちのめされてもなお、自分を叩きのめしたのはアーチャーの行動だった。アーチャーは勝つ為にそれを選んだ。 学園外での戦闘は禁ずる。戦闘を行えばムーンセルからの強制終了が入る。 敵の情報を得るためにあえてアリーナで戦闘をしたことから、戦闘それ自体を禁じていないことは自分もすでにわかっている。監督役たるNPCの目が届かぬ場所ならば、明るみにならないならば、アリーナ全体を毒で侵そうともペナルティは科せられないことも今回知った。 命がかかった戦場で、勝つために手段を選ばないのも一つの道だろう。 けれど――甘いといわれても。 アーチャーにはそんな事をしてほしくはなかった。 「はあ?」 適当に並べられた机に腰掛けていたアーチャーは不愉快そうに目を細めた。 「お嬢さん、わかってます?アンタの実力のほどを。俺の力を十分に引き出しきれない自分の実力ってやつを!それでも死にたくないんでしょう!?だったら、アンタが生き残るために策を講じるのがサーヴァント(オレ)ってやつでしょうが!」 思わず怯む。 わかっている。未熟なマスターでなければ、彼はこんな手をしなくて済んだはずなのだ。 正当な言い分に返す言葉を見失う。 ちがう、本当はもっと言いたい言葉があるはずなのに。目を逸らしていたわけではなかったが、突きつけられた真実に頭がぐちゃぐちゃとなる。 …………。 ――ごめん。 いまだマスターではなく“お嬢さん”と呼ばれる自分は、彼の顔を見て謝罪することはできなかった。 ・ ・ ・ 昼夜を問わず1と0の海と月の空でも、夜になれば暗闇に包まれる。 あてがわれたマイルームのベッドで眠りについたマスターの顔を覗き込みながら、アーチャーはため息を零した。 あそこで気持ちを吐露するつもりはなかった。 あそこまで尖らせた言葉を突きつけるつもりもなかった。 どこか夢現なマスターは一回戦で、聖杯戦争が本当に命のやりとりであることを実感しただけでもかなりの精神的な疲労だっただろう。どこかお人よしなく浮きを漂わせていた彼女だ。一回戦で勝てば傷つくのは目に見えていたはずなのに。 (すいませんね……マスター。オレが真っ当な英霊だったら、こんなことはなかったんでしょうけど) そう、レオを連れている騎士道の花形、円卓の騎士に名を連ねるサーヴァントならば。 アリーナ全体を宝具で汚染するような卑怯な真似をせずに、剣一本でマスターを援けることができただろう。だが自分はそんな騎士とは正反対だから、マスターが魔術回路を鍛えようと頑張っている姿をわかっていても、こんな方法でしか確実な勝利を捧げられない。 「…オレはマスターの信頼をことごとく裏切っているんでしょうね」 僅かな謝罪をこめて、涙の痕がのこる目元を透けた指でなぞった。 2013/1/ |