「貴様らは、明日が決戦だからといって気を緩めすぎではないのかね?」 言峰の諫言に衛宮と雁夜は苦い顔をして聞いていた。 生徒会NPCの監督役である言峰は実質、この聖杯戦争運営におけるトップである。権限においては衛宮と雁夜の上役である彼のもっともなお言葉は粛々と聞いて然るべきであろう。……が、縮こまる雁夜と違って衛宮は黙って聞くにはとどまらなかった。 「激辛麻婆豆腐を購買部のリストにごり押しした奴が言うな」 「何を言う。他のアイテムと違ってマスターの最大MPの10%を回復する優れ物ではないか。発売と同時に大量購入したマスターが多いともっぱらの評判だぞ」 「その激辛にむせび泣いたマスターも多いって評判だけどね」 「民主主義を気取るきか?少数は多数に駆逐されてしかるべきだと?激辛麻婆豆腐マジウマ、と嬉々として食べていた若きマスターもいるのだがね」 そのマスターが従える赤いサーヴァントが「なんでさ」と頭を抱えていたのだが、これは完全な余談である。 「まったく、貴様の適当さ加減と自堕落には恐れ入る。そんなに私に構ってほしいかね」 「ひどい捉え方にもほどがあるよ!」 「……なあ、俺、帰っていいかな」 「いいぞ」 「よくない。僕をこの神父と二人にするなんて君は正気か」 「ある意味二人だけの世界に留まれるほうが正気を疑われるっつうの!」 パーカーのフード部分をぎゅうぎゅうに引っ張る衛宮に雁夜は抵抗する。 だってバシバシ神父から視線がくるんだもの! “おまえ邪魔だ”って視線が刺さるんだもの! 感情に先走って暴走するタイプではあったが、基本的に凡人で小心者の殻を被り続けた雁夜には耐えられるものではない。 しかし結局は身内に弱い男だった。衛宮に対する身内意識と、「今度、保健室に挑戦するときは付き添ってあげるから!」という口約束に載せられて司書室に留まる決意をしたのである。 相変わらず神父からの視線が突き刺さるのを意識から遠ざけるためにウィスキーをピッチ関係なく呷りだしているので、いかほどの意味のある決意だったかはわからないが…。 それを横目で見ながら衛宮は左斜めのソファーに陣取った言峰に話しかけた。 「……それで、本題は?」 まさか本当に飲酒を咎めに来ただけではあるまい。 「明日の決戦で気になるカードがある」 遠坂凛とラニ=[世。 霊子ハッカーとして申し分のない実力を兼ね備えた凛と、実力はあるがどこか異質なラニ。単純な兵力ならばラニに軍配があがるが、凛の戦闘経験値はそれを確実補う(いや上回る)だろうと衛宮は予測を立てている。 だが、言峰が気になっているのはその勝敗そのものではない。 ラニという少女、彼女が勝敗を見極めたとき、どうするか、なのだ。 「確か、予戦の時に此方に攻撃をしかけてきたのは彼女だったか―――」 ・ ・ ・ 仮初の学園生活がはじまって四日目、そして予戦の最終日。 衛宮はこの日にようやく、自分の仕事を代行するNPCを見繕うことができた。 やり方は実に単純。末端であろうが衛宮にはムーンセルのようにNPCを作ることはできない。 ならば、すでにいる者を改ざんすればいい。もちろん役割の決まっている生徒会NPCに頼めば断られるのは目に見えているので、末端のNPCに衛宮が改造した生徒会パッチを渡すのだ。 結論から言うとこれは有効だった。 なにせ、生徒会NPCになりたがる者は少なくない。そういった彼らはルーチンを強いられている、あるいは生徒会より権限が小さいゆえに過小評価されていると思っている。実にしょうもない話だ。しかし、それも安定よりさらなる前進を求める生物をモデルとしたAIゆえだろう、と衛宮は呼び寄せた二人の女性型NPCに、てのひらにあるモノを見せた。 「これが、生徒会のパッチだ。僕の権限を一部複製(コピー)した特別製だから、中身の程は普通(スタンダード)とは違う。それでもいいんだね?」 「…あの、どう違うの?」 「まあ、色々。根本的な部分――たとえば君たちの性格には手を加えない。僕の代行だからといって、別に独立するわけじゃなく、他の生徒会NPCと同じく言峰神父の監督下のもと動く」 末端NPCのまま代行を任せれば新婦の支配から独立は可能だが、ムーンセルに不正プログラム扱いされれば消去だ。おずおずと手をあげて質問していた一人はしばし黙考して、わかりました、とうなずいた。 「君はどうかな?当たり前だが、これは強制じゃない」 「やらせてもらうわ。憧れの生徒会NPCだし」 もう一人も了承の意を示した。 衛宮はパッチを渡す。 二人はそれぞれに受け取ると、瞼を閉じてダウンロードを開始する。 (……さて、これが完了すれば図書室の閉鎖を解いてもいいだろう) どれくらい時間がかかるかな、と目を瞑っている二人を見ていると世界にジャミングが走った。 ■■――■―■■■―――■■■■!!!! 「―――っ、…なんだ?」 巨大な鉄球で一瞬にして肉体を粉々にされたが、それをまた急速に寄せ集められ繋がれた。 セラフに繋げると、異常(イレギュラー)発生があったと伝えられる。予選を勝ち抜いたマスターの一人が教会のある中庭から攻撃を仕掛けたらしい。学園を小規模だが穴を穿ったそれは、セラフによる自動修復機能が光速で展開―――仕掛けたマスターのIDを調べると“Rani=[”と表示された。 「な、なに、今のは」 「驚いたわね」 「ああ。無事に済んだようだね」 繋げていた回線を切断して、黒い制服になった二人を見やる。 「うん、アリーナ管理と図書室(データベース)管理。ちゃんとなっているね」 よかった、よかった。 ……とはいかなかった。 「よくないわ」 「そうね。ちっともよくない」 図書室管理――間目智識(まめちしき)。 アリーナ管理――有稲幾夜(ありいないくよ)。 なんでこんな適当な名前をつけられているんですか! 前よりひどくなっているって、ないでしょう! 「ええぇ……」 だって、分かりやすいほうがいいじゃないか。 ・ ・ ・ 「…………」 なんだか余計なことまで思い出してしまった。 酔っているのだろうか、と衛宮は眉間に皺を寄せる。 「聖杯を手に入れることができれば、破壊も辞さない可能性は大いにあるな」 予戦のアレは力試しのデモンストレーションだという他ない。 「はあ?なんら、その物騒な考え方」 雁夜が割り込んできた。 どうやら酔いつぶれ寸前になって、口を挟む元気が復活したらしい。……若干呂律は危ういが。 「聖杯って、ここそのものじゃないひゃ。破壊するにしても――」 「酒臭い顔を近づけないでくれるか、間桐」 「んだよぉ。闘技場(コロッセオ)はアリーナ管轄の俺らにも係わることだろぉが」 決戦当日のNPCが学園内から姿を消すのも理由がある。 自分たちは、マスターたちの戦いが平等かつ構成に行われるために借り出される。暗号機をそろえていないマスターは消去し、敗者であるマスターが摂理から逃れようとするならば強制退出(力ずく)で。整えられた舞台ではマスターの進化以外の異常など必要ない。 「僕らができるのはせいぜい防壁を厚くすることくらいだ」 コロッセオに余計な火種を持ち込ませぬよう、セラフが提供するアイテム以外、攻撃呪文をもつ礼装は持ち込みを二つと限定している。礼装による戦闘能力の差を縮めるためであり、セラフに対する攻撃手段を可能な限り削ぐ意味もあるのだ。 「んぅ……そうらよなぁ」 不満だが、そう納得するほかもなし。 「おーい。ここで寝るな、間桐」 「ねむい……」 「眠いなら―――おい、そこの神父。勝手に開けるな、飲むな」 ずるずると中腰になっていく雁夜が現と夢の境界線で彷徨っているのをゆする衛宮の前で、神父がウィスキーを開けていた。虚ろな目で黙々と呷っているその様は、嗜んでいるという言葉とは程遠い。これでは喉仏を上下させて嚥下されていく酒が勿体ない。 「飲酒を咎めた奴が飲むなよ、おい」 雁夜のことは諦めて、衛宮も言峰に空にされないようにグラスを探した。 「あれ?」 ない。 言峰が飲み始めたなら、テーブルにはグラスが二つあるはずなのに、一つしかない。 しかも、残っているのは雁夜のグラスだ。 「………」 違う。あれは僕のじゃない。 「どうした?ますます目が死んでいるぞ、衛宮」 「僕のことは放っておいてくれ。プリーズ、フェードアウト」 カランと雁夜のグラスのなかにはいった氷が虚しい酒宴で響いた。 2013/1/18 |