08 | ナノ


08--2009/09/17


 オオオオオンッ


 雄叫びを上げながら虚空に溶けていった武者型シャドウ、白狼の武者。
 白銀の甲冑など殆どが消えていくなか、黄金色に輝く鍔だけがカシャンと地面に落ちて残る。真宵は駆けよってそれを拾うと「それで三つ目?」と訊かれ、うん、と振り返った。

 エリザベスが出してくる依頼にはシャドウ討伐も含まれている。その依頼の報酬云々にこだわらずに真宵は受けるのが常だ。一定期間を過ぎると続くタルタロスの階層、その現時点での最上階を進んだからと言って満月まで行かないのでは充分に鍛えることは難しい。だからと言って「シャドウを倒す」だけに絞ると興が乗りすぎたときに疲労になりかねない。エリザベスのシャドウ討伐は目安としても充分だった。
 キラキラと光る「黄金色のつば」を三つ揃えること、これが依頼内容だ。

「ほとんどのシャドウを倒したら何も残らないのに、不思議よね」
「シャドウ本体から分離したものって言っても、これからシャドウが発生したことないしね」

 そう言うと「さらっと怖いこと言わないでよ」とゆかりが嫌そうな顔をした。

「確かに、興味深い意見だな」
「桐条先輩まで…」
「シャドウ自体は謎に包まれているからな、そのようなことが起こっても不思議はないということさ。そもそも大型シャドウというのも、あれ単体が突如現れるものなのか疑問があるからな。祖父がシャドウを集めていたというのも何か関係があるのか」
「シャドウも進化している可能性もあるのかな」
「え?」
「戦って経験値を積むことで成長する。ペルソナがそうなら、シャドウにも同じことが言えるんじゃないかと思って」
「確かに、シャドウとペルソナは本質的には同等の存在だからな」

 頷く美鶴の横でゆかりが「うげ…仲間同士食い合っているカンジ? キモい」と口元を押さえる。
 確かに想像するだけで奇妙で異質で、端的に言えば気持ち悪い。獣型や人型のシャドウならなんとなく想像がつくのが嫌であるし、また、トリッキーな姿をしたシャドウだと余計にわからない。昔流行っていたスライム同士を混ぜて行くような感じなのだろうか。
 そんな想像がよぎった三人に対して、変わらず冷静な(というか思うところはないらしい)アイギスが「その場合、仲間意識というのがシャドウにあるのかわかりませんね」と弾を装填して終えたのだろう、会話に混じった。

「言われてみれば、そっか」
「難しいね」
「とにかく、満月に出る大型シャドウの一掃が先決だな」
「はい。っと、その前に台風だっけ」
「わたしが計算した所、現在接近中の台風の直撃確率は非常に高いです。作戦基地におきましても、窓ガラス破損や雨漏りへの対策が要求されるであります」
「あー…4月に襲撃受けたんだっけ」

 4月――月光館学園に編入して間もない頃に起きた最初の大型シャドウとの戦い。
 無数の短剣を持った魔術師アルカナ。あのときの戦闘を真宵は正確には覚えていない。ゆかりや美鶴、真田、幾月はそのことを、ペルソナを発現させたことによるショックのようなものだととらえているようで深くは疑問に思っていないらしいし、真宵自身もそうなのだと思っていた。しかし、順平や風花、次々と仲間になった彼らにそのようなことはなかった(風花は能力の使いすぎだったはずだ)。

「あ、次の階段だね」
「あと数階で現時点での最上階だな」
「リーダー、上がる?」
「ん? そうだね、この際だし…」

 自分は他人と違うのだろうか。
 ベルベットルームは真宵しか見えない。
 それは『契約』を交わした者を手助けするための部屋だから。
 ならば、『契約』とは何だろう。S.E.E.Sに入るよう言われ、承諾したことか。しかし、それはベルベットルームに入ったあとの話だ。大型シャドウとの戦闘より前に――


 ガチャンッ


「!? …ゆかり! 美鶴先輩! アイギス!」
『……ちゃん…っ…』
「風花!?」

 闇の濃度が深くなり視界が狭まり、真宵は周囲に仲間がいるか確認をとったが反応がない。
 その上、風花との通信まで途切れて息を飲んだ。タルタロスの構造はときに不安定が招いてアクシデントを起こす。風花を救出する際に行ったタルタロスへの侵入方法のように全員がバラバラにされたり、暗闇になったり、周囲のシャドウが強敵に偏ったり――様々だがどれも単発でしか発生しない。二つ同時に起こることなどありえない。

「さっきのは、時計の音?」

 大きな針、タルタロスにある動かない時計のように巨大なものが動いたような気配。
 とにかくタルタロスのフロア内にいるのならばシャドウが不意をつく可能性がある。真宵は薙刀を握り直して息を殺す。ピリピリと尖らせた神経に引っ掛かるものがあればすぐに斬れるように。そしてその張り詰めた空気に現れた気配に身体の反射に合わせて真宵は刃を向けて、止めた。

「…ファルロス」

 囚人のようなモノクロトーンの服。
 クセのある黒髪から覗くのは蒼い瞳。

「やあ、久しぶり」
「驚かさないでよ…」
「フフ、ごめんね」

 それと、こんばんは、で合っているのかな、と小首を傾げるファルロスに真宵は向けていた刃を急いで引く。友人に刃を向けられるなど普通驚くなり怒るなりアクションを起こしてもいいのだが、ファルロスは思うところはないらしい。しかしそれのせいなのか、真宵は今危機的状況にあるはずなのに緊張を解いて「こんばんは」と返した。




後編