緑間くんが探偵になって好き勝手する話。6 | ナノ

(探偵パロのつづき)

side:高尾

 緑間が由貴子に電話をかけるしばらく前、旅館鹿林に戻った高尾と緑間も部屋にいた。

(……潮時だよな)

 行方不明となった弐羽清司を見つける依頼を受けてからもうすぐ一週間。緑間の言い方をするならば尽くせる人事はやったように思っていた。そも警察が切り上げた事件性の見えない行方不明の人物を探すことは簡単ではない。

 今日の昼間に緑間と一緒に廃墟ホテルを探索したが、芳しい成果を見つけることはできなかった。依頼達成とはならないだろうが、由貴子の依頼に応えられるだけのことはしたはずだ。あとは彼女に納得してもらう他ないな、と自分を納得させるよう心のなかで呟く。そして部屋に持ち込んだ私物を片付けようとして手を止めた。
 高尾の視線は、部屋に戻ってからずっと縁側のソファーに腰掛けている所長に向かう。
 緑間は長い足を組みながら手元にある資料を読んでいた。

「緑間。荷物だけどフロントで郵送する?軽トラに乗せようと思えば無理じゃねーけど」
「高尾」
「なに?」
「夜、もう一度廃墟に行く」
「…は。…いや。いやいや、何を言っちゃってんの。あそこには誰も、何もなかっただろ」
「確かめたいことがあるのだよ」

 資料から顔を上げない緑間に、こんにゃろ、と高尾は軽く頬を引きつらせた。
 緑間は同じ年数を生きたとは思えぬほどに面白いが、一方で融通のきかなさに舌を巻いたこともある。何度、日本社会のホウレンソウの“ソウ(相談)”をぶち抜かれたことか(もっと言えば、最初の頃は“ホウ(報告)”“レン(連絡)”もなかったのでこれも前進していた)。
 
(夜にもう一度、あの廃墟ホテルに行くってか)

 確かめたいことが何かはともかく、所長がそう言うならば仕方ない。

「あー、はいはい。所長サマがそう言うんならオレはもう言わねーけど、片付ける前に言ってほしかったっての。あそこマジで埃臭いしさあ…」
「いや、オマエは来るな」
「………」
「………」
 
 また準備のし直しかと背を向けていた高尾は振り返る。しかし、緑間の視線は相変わらず資料に向いていた。
 ムッとした高尾は眉間を険しくすると、素早く緑間の手が資料をごっそり奪った。奪われたことに反応してすぐ緑間の手が追いかけてくるのを避け、小さなテーブルを挟んだ向かいのソファーに座る。そして立ち上がろうと腰を浮かした緑間に隙を与えず、ゴッと目の前にあるテーブルを脚で前に押した。

 ゴンッ

「ッ…〜〜〜〜!!!」

 緑間はソファーに戻った。
 さすがに弁慶の泣き所をテーブルで強打されれば座るしかないだろう。泣きはしなかったが、ぎゅううっとソファーの肘掛に指を食い込ませている緑間に「真ちゃん、だいじょ〜ぶ?」と白々しく聞いてみた。

「…た、かお……オマエ、あとで殺すッ……と、資料返せ…」
「それは後で返しちゃるから、まず理由の説明な」
「なかに入るのはオレだけでいいという意味だッ。オマエは外にいればいい。オレがしたいのは昼間と同じことなのだよ」

 緑間が上半身だけで伸ばしてきた腕を分かってましたと高尾は避ける。
 バサバサとクリップで留められた資料を高尾は振って鼻で笑った。

「だったら同中のどっちかについてきてもらえばいいだろ。それか納得のいく理由を言ってくれよ。あ、夜行く理由とひとりの理由の二つだかんな」
「…弐羽清司が行方不明になった可能性のひとつをたてた。―-弐羽清司は廃墟のなかで怪異に遭ったのではないかという仮説だ」
「………」
「……おい、返すのだよ」
「いや……ちょっと待って」

 再度伸びてきた腕をまた避けながら高尾は人差し指を額に当てた。トントンと額を指で叩き、緑間の言葉を何度もリピート再生する。

 かいい、カイイ……怪異?

「怪異って……幽霊の仕業ってことだろ?」
「幽霊とは断定していないのだよ」
「えー…」
「何が、えー、だ」
「確かにあの廃墟って幽霊出るっていう噂あるし、ネットにもそれっぽい写真あったけどさ。突拍子なさすぎるし、その根拠が何なんだってわけで」
「高尾、オマエにここ数年起きた山での事件を調べさせたな」
「ああ」

 高尾は記憶をたどる。

 弐羽清司のことが起こる一年ほど前に肝試しと称して男女数人の高校生が廃墟ホテルに入り、そのうち当時高校一年生の少年が廃墟内で気を失った。大事にはいたらなかったということで、新聞にも載らず、ただネット上で幽霊が写ったという写真とその逸話を交わらせたものがネット上の個人ブログにアップされていた。

 もちろん高尾は、失神した少年を病院に運んだという文言から麓の病院に事実確認をとっている(確認の際には緑間の友人で探偵事務所のスポンサーである赤司という男の肩書きと名前を借りた)。

「つっても夜に肝試し来た高校生がひとり失神したとか程度だったろ」
「肝試しに廃墟に来た以外では?」
「…ないな」

 もともと天狗だかキツネだかが悪さをするという迷信を信じている地元民の多くは山を登らない。

「市川由貴子と黄瀬が先に帰ったあと、黒子の調べを聞いただろう。市川由貴子の狂言や弐羽清司が事件に巻き込まれた可能性は低いと」
「突発的な事件に巻き込まれたって可能性はあるだろ」
「人一人を隠しておけるような場所がないことは、今日調べたな」
「埋められたっつーこともあるぜ」
「埋められそうな場所はあったか?土の掘り返しもなく、廃墟とはいえこの暑さで腐臭ひとつもなかった。車で捨てたとしても不審者の目撃証言もない。それこそオマエが気付かないわけがない」
「いやまあ、そうだけど…」

 高尾は昨日は外を、昼間は廃墟のなかを調べている。
 だからこそ、高尾は手詰まりを感じたのだ。警察が手を引こうとするのもわかる。だからと言って、緑間の“怪異・幽霊説”にまだ納得はできない。

「やっぱりわかんね。仮に怪異や幽霊だとしても、だ。弐羽清司が幽霊に襲われる可能性はあんの?」
「市川由貴子の話にも出てきたが、弐羽清司は怪異や幽霊の類をまったく気にしていない。彼女に持ってきてもらったアルバムの写真のなかにはバッチリ写ってたものまで入っていた」
「うげ。普通、そんなもんとっとくかよ」
「大概は神社などで御払いしてもらうのだよ。霊感が強いと言われる人ならば見るだけで霊障が出るだろう」

 それをアルバムにきっちりって…。
 弐羽清司のアルバムは日付と時間帯、短めの感想というシンプルなまとめ方をされていたらしいが、シンプルゆえに写真の写ったものを思い出の一言でひっくるめてまとめられていたということだろう。幽霊など写ったものをとっておくなど、高尾には考えがたい感覚である。

「あからさまに害のありそうな写真はなかったが、塵も積もればなんとやらだ。干渉を受けやすい状態になっていた可能性はあるのだよ」

 高尾は緑間から奪った資料に目を向けた。
 弐羽清司が旅館青嵐を出たとされるのは18時52分。そこから山頂の廃墟ホテルに行ったならば、そこに入ったのは夜になる。そして高校生が肝試しを行ったのも夜。

「何かが起こるなら、夜ってことか」
「状況証拠だけになるがな」
「そこはわかった。じゃあ、なんでひとりなわけ?」
「……ひとりが楽だからだ。それに、外に誰かいたほうが確認になるのだよ」

 そう言って顔を逸らす緑間。
 それに高尾も考えるように視線を逸らしてまた戻す――もしかしなくても、心配してるのだろうか。荒唐無稽ともいえる“怪異・幽霊説”を堂々と語っていたのは目の前にいる人物だと思えない。

(……こういうとこが、放っておけねーんだろうな。多分)

 それでちょっと喜んでいる自分に呆れつつ、高尾はテーブルの脚につま先をひっかけて元に戻した。
 ついでに奪った資料もテーブルに置くことで返す。

「ま、ひとりについては説得力不足で緑間の負けな。オレの同行決定」
「オイ」
「んで、外で誰か必要なら黒子呼べばいいんじゃねえの。ひとりでも黄瀬なら確実に市川由貴子の引き止められるし」
「…何かあっても知らないのだよ」
「そん時は所長サマに責任とってもらっちゃうから。だからオレについては気にしなさんな」

 それに、お前に同行すんのはオレだって言ったの緑間だろ。
 ニッと笑って高尾は緑間に携帯電話を差し出した。




20120731