緑間くんが探偵になって好き勝手する話。5 | ナノ

(探偵パロのつづき)

side:依頼人

 清司が消息を絶った山に由貴子が登るのは今回がはじめてだった。
 清司と同行したときの廃墟に対する不快感とはまた違う、不安にも似た気持ちで廃墟ホテルを見上げた由貴子は開いたままのエントランスに入ろうと一歩踏み出すと緑間に呼ばれた。

「なかはオレと高尾が行きます。市川さんは黒子と黄瀬と一緒に外で待っていてください」
「どうしてですか。一度きりですけど経験はあるし、ちゃんと道具だって持ってきました」
「依頼人を危険な目に合わせるわけにはいかないからです。それに、外でもやれることはあります」
「市川さん、大丈夫ですよ」
「待ってましょーよ、ね?」

 年下とはいえ黒子と黄瀬にそう言われては諦めるしかなく、由貴子は渋々緑間と高尾のふたりを見送った。「それで、緑間さんの言っていたやれることって何ですか?」

 諦めたというより渋々引き下がっただけの由貴子は二人が見えなくなると、黒子たちに問いかけた。黄瀬もいるので分は悪いが、これで何もすることがなかったら一人でなかに入ってやろう。それくらいの気持ちでいた由貴子に黒子は高尾がコピーしたという廃墟ホテルの見取り図を取り出して彼女に見せた。

 廃墟ホテルは全部で五階建てになっているが、火災や風化と老朽、高校生などの出入りのせいで元からの通路が使えなくなっていたり、壁に抜け道ができていたりとかなり入り組んだ様子になっていることが青いペンで記されている。
 廃墟の外側にいくつか記された×印は、人の出入りができるところらしい。 これらは消防団からの確認と前日に緑間たちが調べたことが記されたものだと由貴子に言った黒子の隣で黄瀬が懐中電灯を点けた。

「三分ごとに数字の割り振った場所を中と外から照らします」
「地味っスけど、把握作業なんで。ハイ、黒子っちの分」
「消防団の人たちみたいに人海戦術はできませんけど、緑間くんたちも僕たちもやれることはします。だから協力してください」

 ペコリと頭を下げられて由貴子は観念した。
 黒子に自分の操縦を握られているのかもしれない。





「二人はアルバイトだって言っていたけど、所長の緑間さんとは友達?」

 本当に三分ごとに懐中電灯を照らすという地味な作業に務めながら、由貴子はストップウォッチ片手に聞いた。先頭を黄瀬にして由貴子、黒子の順で廃墟の外周を動いている。多少踏み慣らしている部分は、高尾が昨日歩いたらしい。 黄瀬は由貴子が歩きやすいように更にその上を踏みながら答えた。

「友達っていうか、中学時代の腐れ縁って感じっスね」
「中学より後は誰も学校が被りませんでしたから」
「え?みんな同級生なの?」
「はい」

 黒子は彼らのなかで年下だと思っていた由貴子は思わず彼の方を振り返りそうになってやめる。さすがに失礼だろう。けど、同級生……なんてアンバランス。由貴子には想像がつかない彼らの中学時代である。

「意外に黄瀬さんが年下か後輩かと思っていたわ。でも、そうしたらどうして同級生に敬語で愛称みたいな話し方なの?」
「尊敬してる人は愛称で呼びたいじゃないっスか」
「……へ、へえ」
「すみません、この人も変わっているので」

 なんで黒子っち謝ってるんスか。
 本気か冗談かもわからない黄瀬と黒子の会話にちょっと笑いそうになる――そろそろ三分だと廃墟を見るとカチカチと光が点滅するのが見えた。黄瀬がそれに応えて、黒子がペンで印をつける。覗き込むとちょうど火災現場になった厨房から出る勝手口のあたりだった。

 火の元だったせいで勝手口の戸らしきものはひしゃげている。
 死人が出たということと、清司が幽霊が出るらしいと言っていたことを思い出して由貴子は鳥肌の浮いた肌をさすった。

「…えっと、中学時代だけでも今も続いてるなら仲良いじゃない。高尾さんもそうなの?」
「いえ、彼は違います」
「同い年だけどそんなに交流はないかなあ。まあ、緑間っちと半年近くいれてるんだから奇特な人っスよ」

 変人だから今も苦手なのだと苦笑いする黄瀬。
 確か、喫茶店であったときの緑間はなぜか旅館の土産物らしき鈴のついたキーホルダーを六つくらい持っていて、移動する間もずっとシャンシャン、リンリン鳴っていた。たまに廃墟から聞こえてくることもあった。おは朝占いというトリッキーで鬼畜のようなものであってもラッキーアイテムを所持するのが彼なりの験担ぎらしい。

(確かに、隣で歩くのは勇気がいるわ…)

 日が少し傾くまで作業は続いたが、清司を見つけることはおろか、成果らしい成果は見つからず、由貴子たちは山を下りることにした。





 そして旅館に戻った夕方、翌朝には帰る予定になっていた由貴子は荷物の整理をしていた。片付けるうちに持ってきたアルバムが目につく。これは役に立ったのだろうか。緑間からは「ありがとうございました」という言葉しか聞いていない。

「……ハァ」

 このまま、帰るしかないのだろうか、とアルバムを片付けると緑間から電話が入った。

「どうしたんですか?」
『今夜、もう一度廃墟に行きます』
「え?」
『その際に黒子を連れていきますが、市川さんは黄瀬と一緒に旅館に居てください』
「なんで夜にもう一度なんて…」
『気になることがあります。最初に断っておきますが、市川さんを同行させることはできません』
「そう、でしょうね」
『あと、今夜で見切りをつけようと思っています』
「………」
『市川さん』

 由貴子はぎゅっと拳をにぎる。
 そういう可能性だってあることをまず受け入れなければならない。警察や地元の人が無理だと言い、周囲が諦めろと言ったことを引きずっているのは由貴子だけなのだ。ハア、と息を吐いて強張った口を開いた。

「わかりました。…お願いします」
『はい。失礼します』

 通話を切って携帯電話を置く。
 とたんに泣きそうになった由貴子に「すみませーん、黄瀬です」という声が戸を開ける音と一緒に入って、寸でこらえた。はい、と襖戸を開けて出迎えると戸口にいた黄瀬が由貴子の顔を見て困ったような顔をした。

「あー…悪気はないんですけどね、やっぱ言い方良くない時があるんスよ」
「そうかも」
「でもあの人、人事を尽くして天命を待つってのがモットーだから」

 ゲームをしながら待ちましょ、と黄瀬はトランプやオセロ盤を出して笑った。




20120731