緑間くんが探偵になって好き勝手する話。 4 | ナノ

(探偵パロのつづき / 黄黒?)

side:黄瀬

 旅館青嵐で一泊した翌日の9時ごろ、黄瀬たちは緑間が指定した喫茶店で落ち合った。あらかじめ聞いていた黄瀬と異なり由貴子は二人が別の旅館に泊まっていたことに驚いていたが、仲が良いんですね、の一言で片付けていた。

 かき氷の垂れ幕を下げた和風の喫茶“燕寂”は、テーブルのほかに個室に区切られる座敷がある内装になっていた。緑間が座敷を選び、各々がメニュー表から注文し給仕係の女性が下がったのを折りに口を開いたのは緑間だった。

「早速ですが市川さん、頼んでいたものを見せていただいていいですか?」
「はい、半年分でよかったんですよね」
「拝見します」

 由貴子が外出用としては不似合いだと思っていたリュックから出したアルバムを緑間は受け取る。“S.Hutaba”とシールの貼られたアルバムは、由貴子の恋人・弐羽清司がこれまで廃墟をおさめた写真がまとめられているものらしい。
 一枚一枚めくっていく緑間の意図が読めない。何の意味があるのだろうか、と訝しんだのも一瞬だった。

「んじゃ、所長サマが待っている間、こっちは情報共有しましょっか」
「市川さん、僕が喋ってもいいですか?」
「はい」
「市川さんと一緒に昨日、旅館で調べて弐羽さんについて分かったのは、彼は一度旅館に戻ってきていたみたいです」
「チェックインした午前の後、夜にもう一回行ったみたいっスよ。懐中電灯とリュックとカメラを持って出て行ったのを旅館の人が覚えてたんで。由貴子さんの持っていた写真で顔を確認してもらったんで確かっス」
「なら、弐羽さんは夜行ったあとに消息を絶ったことになるってことか」
「…で、高尾さんたちは何か収穫はあったんスか?」
「――聴いてみる?」

 ゴトリ、と高尾がテーブルに置いたのはテープレコーダーだった。

『…――正直、山のホテルがある頃は大変だったみたいよぉ。なぁんにもない麓の町だから、山から一望できるとか高級フレンチとか、そういうのなかったからねぇ…。ホント、一時は潰れちゃうんじゃないかって…』

『ハハ、あんちゃんたち若いのに物好きだな。大概の若い人は青嵐のほうに行くんだけどね…。けど、ここも古いけど綺麗だろう。ここの女将さんは代々信仰深い人でね。ああ、今日は女湯になっていた方の露天風呂には小さな鳥居があるんだよ。……山の廃墟?ホテルだったトコだろ。悪いね、俺はホテルなんて洒落たところは行かないんだ』

『あの山って、ホテルができる前まで人が入らなかったのよ。うちのお爺ちゃんは天狗がイタズラするからだって。…アレ?……ちがったかも。とにかく、あそこが火事になって潰れたら誰も近寄らなくなってさあ。…まあ、高校生とかがたまぁにバカやって肝試ししてたみたいだけどね』

『最近、山のほうが賑やかだったらしいけど誰か遭難したみたいだって言ってたね。また高校生か変なマニアかな』

『…あんらぁ、いいオトコ――』

 ブチンッ

「あ」

 野太い男の声が途切れる。テープレコーダーの再生を止めていたのは、アルバムを見ているはずだった緑間だった。

「緑間っち」
「緑間くん、大丈夫ですか?湿疹みたいなのが出てますよ」
「ぶ……ハハハハッ!そ、それ…真ちゃんが話しかけた相手が、…すんごいオネエさんだったやつ…!」

 黒子の指摘に、背中をくの字に曲げて震えていた高尾が息も絶え絶えになりながら真相をバラした。現状というより、その時を思い出して笑っているらしい高尾に緑間が「余計なことを言うなッ」と怒ったところで給仕係が「失礼します」と襖を開けた。

「んで、緑間っちたちの分かったのは廃墟ホテルのある山のことばっかっスね。清司さんが山にいたのは確実っスけど、いるんスか、そんな情報」

 イチゴ味のシロップと練乳がかかったカキ氷を崩しながら、黄瀬は思うままを口にする。
 すると答えたのは意外にもバニラアイスを頼んでいた黒子だった。

「山での遭難事故ですからね。地元の人の方が頻度や遭難しやすい場所を把握している場合があります」
「つっても、これ聴く限りではあんま効果あったようには思えないんスよね」
「ま、黒子くんの言ってた過去の遭難事故や場所はこっちの地図に書いてあるけどな。消防団もそれを参考に捜索したみたいだ」
「なら、それ以外の場所に清司がいる可能性があるんですね?」

 高尾の言葉に由貴子が餡蜜につてけていた手を止めた。
 それを見て、高尾も抹茶アイスの匙を置く。

「残念っすけど、その可能性は低いと思います。昨日、山に登った道筋と地図を比較するとそれ以外の場所に行って遭難はまずありえない」
「それじゃ…ッ、それじゃあ、私に諦めろっていう事ですか。清司は勝手に消えたって…納得しろって…!」
「市川さん」
「……」
「ひとつひとつの可能性を潰していく過程がオレたちには必要なんです。ただ、最悪の場合でも結果をお伝えする時でも、ちゃんとお伝えします」
「……ええ、ごめんなさい。気ばかり急いてしまって」

 緑間の言葉に由貴子はくしゃりと顔をゆがめて俯いた。





 もう一度山に登るという緑間に由貴子が同行を求めた。
 意外にも緑間たちは反対をせず、そうすると彼女にも準備をしてもらうために、黄瀬は彼女を伴って喫茶店で緑間たちと別れ旅館に戻った。部屋に送り届けた由貴子は「ありがとうございます」と黄瀬に笑んでいたが、本当に彼女を連れていくべきなのだろうか、と自分たちの部屋に戻って考える。そもそも納得できないこともいくつかあるのだと思考をめぐらせていると、黄瀬の携帯電話に着信が入った。
 今から戻ります、という黒子からの電話に黄瀬は気になっていることを聞いた。

「何で緑間っちは彼女を同席させたんスかね?山歩きも酷だろうし、何も収穫がなかったら酷じゃないスか」
『たぶん、彼女を疑っていたんだと思います』
「えッ」
『緑間くんの言い方なら、可能性のひとつを潰すために調べた、ということだと思うんです。彼女の反応を見ることで狂言である可能性があるのかないのか……ない、とは言い切れませんから』

 黄瀬くんには言ってませんでしたけど、僕、彼女のことも調べるよう言われていたんです。

 弐羽清司が消息を絶っているのは事故か事件か、あるいは由貴子に知られて都合の悪いことがあった故なのか。具体的には由貴子のほかに関係のある女性がいて、駆け落ちしたのではいか。もしかしたら由貴子と清司は不仲だったり、由貴子の方がそういう相手がいて保険金をかけた失踪事件ということもありうる。

 そんなことも考慮にいれて依頼をこなしていたのだと黒子は告げた。もちろんその協力には赤司くんの伝手もありますけれど、と付け加えられたが、黄瀬は後ろ髪をくしゃりと掻いて呻いた。

「…自分に正直に、がモットーのオレとしてはあんまそういう考え方好きじゃないんスけどね。やっぱ赤司っちから白羽の矢が来なくて良かったって思いますね、つくづく」
『安心してください。赤司くんは、黄瀬くんに探偵事務所の所長を頼むほどアホじゃないですから』
「ひどいッ。……つか、オレって実はいらなかったってコトないスか」
『どうしたんですか』
「いや…オレ、黒子っちたちみたいにそこまで頭回らないっていうか基本そっち考えたくない性質だし。黒子っち一人でも別にできたでしょ、今回」

 いくら影の薄いのが特徴の黒子とはいえ、慣れれば認識できる。黒子は女性に対して失礼な態度はとらないし、現に由貴子はもう黒子の存在に慣れていた。 緑間の采配と赤司の命令と女性が困っているなら、とここに居る黄瀬にはこの分野に関して少々自分の力量不足を感じた。

『そんなことないですよ』
「…はあ」
『きみは初対面の人でも受け入れられることができる才能の持ち主です。人に嫌われないだろうという自信過剰なとこも見えますが、僕たちのなかで一番性格がいいです。園児みたいに純粋な好意を向けられて悪い気はしませんからね。緑間くんたちもそこを買っていると思いますよ』
「黒子っち…!」
『要するに天然タラシってことですけど』
「……ホント、上げて落とすの上手っスね」

 そゆとこも好きですけど、とうな垂れる黄瀬。
 
『――市川さんの話に戻りますが』
「…ああ、はいはい」
『自分から振った話なので真面目に聞いてください』
「そうですね。で、なんでしたっけ」
『彼女は割りと行動力ある人みたいですから、たとえ無駄足になっても此処に来てもらったほうが精神的にはまだよかったかもしれないってことです』

 多分、山を上れるように靴とか用意してますよ。
 黒子が言った通り、フロントで待ち合わせした由貴子は外出とは別の山向きの靴と服装で出てきた。唖然とする黄瀬に「外泊用にしては大きな荷物だと思っていたんです」と黒子は言った。




20120731