緑間くんが探偵になって好き勝手する話。 3 | ナノ

(探偵パロのつづき)

side:依頼人

 帝光探偵事務所のふたりが露天風呂に行っている一方、そんなことは知らず由貴子は、緑間に指定された駅のアナウンスに気付いて列車を下りた。依頼をしてから数日経った昨日、緑間から電話が入ってきたときには清司が見つかったのかと気持ちが逸ったので「明後日、依頼内容について確認と持ってきていただきたいものがあるのでお会いしたいのだが」と言われたときには少しがっかりした。

 しかし緑間という男はなかなか手際がよく、由貴子が二つ返事すると「では明後日の朝に現場近くでお会いしたいので、明日の夕方に指定する宿に泊まってほしい。宿泊費などはこちらが持つ」と言った。

(女性の一人旅は危険だから宿に信用できる人物を手配しておくって言われたけど)

 どんな人か聞き忘れたわ、と昨夜の自分を恥じた。
 本当に気が急いていて緑間の話などろくすっぽ聞きもしていなかったかもしれない。

「すみません」
「ひっ…!」

(いつの間に!?)

 帝光探偵事務所に関わってから人の出現に驚くことが増えた気がする。みんなそろって忍者か何かの末裔だろうか。由貴子はばくばくする心臓を押さえながら声をかけてきた青年を見た。赤司より低い。ヒールを脱いだら由貴子と同じぐらいだろうか。
 澄んだ目(としかいいようがない)を向けてくる青年に由貴子はひとつ思い当たった。

「…あ、もしかして…」
「緑間くんから聞いているかもしれませんが、黒子テツヤです。市川由貴子さんですね」
「そうです。えっと、待ち合わせは宿屋さんでしたよね?」
「はい。けど、もう夕方になりますから女性ひとりを歩かせるわけにはいきません」

 頼りなさげに見えた青年からの紳士的な言葉に、思わず由貴子の胸がキュンとなった。いやいや、私は年下趣味じゃない。

 よく分からない自制を唱えつつ黒子のあとについていった由貴子は石畳が特徴的な道路と柳が並ぶ通りの一角にある宿屋“青嵐”に入った。まだ創業10年ほどの旅館らしいが懐石料理が美味しいと評判らしいですよ、とフロントからずっと黒子がまるで職員のように説明してくれる。
 そして案内された部屋で鍵を渡されると、黒子は隣の部屋を指差した。

「僕ともう一人は隣の部屋になっています。あと、夕食は同じ部屋で食べられるように膳をお願いしておきましたから、お風呂に入ったあとにどうぞ。一時間くらい後で大丈夫ですか?」

 実は黒子は職員なのではないだろうか。
 由貴子は、お願いします、と頭を下げて宛がわれた自分の部屋に入った。





 会ったばかりの相手だが、ひとりで食べるより誰かと食べるほうが気が休まる、と由貴子は風呂上りに戻った自室で浴衣ではなく私服に着替えエチケットとして薄化粧をした後に黒子のいる部屋にノックした。どうぞ、と黒子の声が聞こえて襖を開けて「市川です。お邪魔します」とスリッパを脱いで奥に繋がる部屋の襖を開いた。

「あ、来ましたね〜。どうぞ、どうぞ」
「………」

 部屋に入ると浴衣を着たカッコイイ男がいた。
 黒子とであった時とはまた違う衝撃に由貴子は声を失ったが、ハッとする。

「く、黒子さん!黒子さんは?」
「僕ならここに」
「きゃあッ」
「黒子っち〜、ダメじゃないスか。依頼人にミスディレしたら」
「したわけじゃないんですけどね。それより黄瀬くんは裾を何とかしてください」

 左耳のピアスに金髪と一見して毛色が違う黄瀬という男は、黒子と同じく緑間に雇われた臨時のアルバイトだという。正確には緑間のスポンサーから直々で、色々ややこしいらしいが由貴子もまた詳しくはきかなかった。とにかく、帝光探偵事務所というのはどうも年齢層が高い上に顔面偏差値が高いらしい。

 ネットで検索したときに引っかからなかったことに憤慨していたが、下手にネットなどで公開されていたら探偵事務所として機能していたかわからない。アレで正解だったんだわ、と由貴子はあの理不尽さを納得した。

 そして膳が運ばれ、豪華な懐石料理に舌鼓を打っている黄瀬と黒子を見ていた由貴子は此処に来たときから気になっていたことを口にした。

「ところで…この宿…」
「はい。市川さんの恋人、つまり弐羽清司さんが消息を絶つ日まで泊まっていた宿です」

 黒子は驚きもしなかった。臨時アルバイトと言っていたがある程度把握しているようであった。
 そう清司は一度この宿にチェックインした後、着替えなどの荷物を置いて山に登ったらしい。消息を絶つ前日、清司は山を下りた後に風呂を利用して日帰りするつもりなのだと喋っていたのを思い出す。

「……、…あの」
「僕たちはあなたの力になるよう言われています。宿の人の話を聞きたいならお付き合いしますよ、黄瀬くんが」
「ふぇ?」

 甘エビを口に入れていた黄瀬がきょとんとすると、黒子は白けた目を向けた。

「きみ、まさかただ泊まって帰るのがお仕事だと思ってませんか?それだったら、ウチの二号くんのほうがよほど優秀です」
「けどさっき彼女を迎えに行くときにはオレに待機してろって」
「黄瀬くんの顔を有効活用するためです」
「ううッ、ひどいっす!黒子っちはオレの体が目当てだったんスね!」
「あ、この刺身美味しいですよ」
「聞いて!」

 黒子は淡々と由貴子に刺身をすすめる形でヨヨヨと泣き崩れポーズの黄瀬を無視した。




20120731