薄く笑みをはいて男はカードを切った。 | ナノ

(4月の勧誘イベント)


「どうでもいい」

 一拍置いて返された言葉に、ゆかりは固まった。
 ゆかりだけではない。説明しつつも熱心に勧誘をしていた美鶴や幾月、真田も言葉を無くしている。そんな彼らの静かな動揺を前に変わらず深浦は言葉を続けた。

「影時間やシャドウを消さなきゃならないなんていう正義感も使命感もないし、面白いからという理由で参加できるほどの情熱も俺にはないんです」
「人が……人が襲われて、死ぬかもしれないのに?」
「死ぬのなんていつだって理不尽だ。シャドウなんていう化け物に襲われて死ぬのも可能性のひとつというだけ。シャドウが天災でなく、人災だと言うなら別だろうけれど」

 人災。その言葉にゆかりは気を取られ、深浦の言葉に対する反論や説得よりも美鶴を見てしまう。

 美鶴の表情からは深浦の拒否に対する僅かな動揺以上の反応はなかった。ただどう言葉を重ねればいいのか考えあぐねているようでもある。片や真田は深浦の言い分に納得してしまっているようで、助けは期待できそうにもない。

 その場を繋いだのは、椅子に腰を据えた理事長だった。

「では、理由があれば君は我々に協力してくれるわけだね」
「………」
「交換条件、というわけではないけれど、君の双子の妹さん、朔さんにも影時間の適性がある。今度のときにはペルソナを発現するには至らなかったけれど、調べればわかる。ペルソナの遺伝性についてはまだ未知数だし、君のその素質が君だけのものなのかはたまた彼女にもあるのか……興味深い」

 ゆかりはぞっとした。理事長は彼の妹を仲間に、いやそれができずとも実験体にすると言っているのだ。

「ちょ…、そんなのただの脅しじゃないですか!」
「美鶴くんと真田くんは今年で三年生だ。表だって協力できる時期を外そうとしている。それに三人から一人になったらこの寮も閉鎖しなきゃならなくなるしね」
「そ、それは……」

 この場合、残るのはゆかりだけだ。

「――わかりました。協力します。ただし、妹を巻き込まないことが条件です」
「ありがとう。じゃ、君にはこのまま寮に入ってもらって、妹さんは女子寮に入ったままにしてもらうか。悪いね、真田くん、掃除してもらったのに」
「いえ」

 本当に実行する気だったんだ、とゆかりは初めてうすら寒くなった。




20120720