それは穏やかな午後の昼下がり | ナノ

(撫子と寅之助と終夜)


 生徒会役員を決める選挙――その前に生徒がメインイベントとして楽しみにするのはクリスマスだ。

 むしろ選挙を楽しもうとする方が少数なので、選挙はクリスマス、お正月と並んで3番目に位置する程度の認識でしかないだろう。とはいえ、今年迎えるクリスマスには選挙の話題は常より意識に昇りやすかった。何せCZメンバーのうち、ふたりも生徒会長と書記に立候補しているのだ。

 前回の生徒会長選より先生と生徒の支持が熱い鷹斗については、興奮も不安もない上に本人も緊張などなさそうなので、まあ、適当に頑張ってこいよ。絶対受かるだろうけど。というのが全員の本音である。
 それに対して円の書記立候補はメンバーだけでなく学校内でもひそかに話題になっている。

 外見は見目もよく温和で大人しそう。
 しかし口を開けばズバッと毒舌を吐くマイペース。
 兄である英央に関わること以外では無関心を貫き、ひとたび兄に関われば暴走気味と落差が激しい。

 円は元々よくも悪くも注目度は高かったが、立候補の名前が正式に発表された今では知名度はぐんと跳ね上がった(現会長である鷹斗が推薦していたことも同時に広まっているらしい)。

「ついでに告白されることも増えたらしいな」
「そうなの?」
「うむ。つい先日も女子に呼び出されておった。入学してすぐの時を思い出すな。……寅之助は相変わらず男子からの呼び出しは絶えぬようだが」
「おい……あいつと俺を同じにするなっつの。気色悪いだろうが!」

 確かに同列にすると寅之助が男子に告白されているように聞こえる。……鳥肌がたった。

 撫子のクラスメイトにはそういう男の子同士の友情以上のアレコレに興味を持っている子がいて「噂の真偽を確かめたいの」とCZメンバーのことを色々聞かれたが、それについては自分から触れないでおこうと撫子は話を広げないようにした。

 寅之助のサボり先と終夜の散策が鉢ち合って、しかもそこが図書室の傍で、たまたま撫子が本を返しに通りかかったという中休み。ブレイク・タイムだと終夜が洒落て、ポケットに入れていたクッキーを分け合いながら話はクリスマスからいつの間にか選挙の話になっていた。

「そういえば、今年は英家でクリスマス・パーティをしようって話だったわね」

 央の作るブッシュ・ド・ノエルは奇抜なアイデアさえ採用されなければ、おいしいに違いない。
 あのガトー・ショコラの味は忘れ難いが、ブッシュ・ド・ノエルに自然と撫子は楽しみになって待ち遠しくなる。そして自然と口が綻ぶ撫子の横で、寅之助は「ああ?」とチンピラのような声を上げた。

「そんなん話したっけか?」
「したわよ」
「つか、クリスマスくらいどうでもいいだろ」
「何を言うか寅之助。クリスマスは今年一年、自分が良い子だったかを全身赤塗りの老人に採点される一大イベントではないか」
「けっ、なんで赤の他人に良い子だったかなんて決められなきゃなんねーんだよ」
「一応言っておくけれど、パーティでそういうことはしないわよ」

 クリスマスという年中行事にかこつけた他愛もないパーティだ。
 ただ他愛もないと言っても今年の会場は英家。今後、試食会を開く頻度が高くなる央にはいい経験になるだろうから、クリスマス・パーティの仕切りはほぼ央に任せさせてほしいという英夫妻からの要望が通されていた。「プレゼント交換はするから、それだけ用意してきてねー!」と言われた準備以外には、今回は完全なゲスト扱いだと言える。

「――ふたりとも、プレゼントは用意してきてね」
「……めんどくせぇ」
「うむ。承知した」

(……大丈夫かしら?)

 弟が選挙活動で頑張っているからと張り切っている央のパーティが思わぬところで失敗しないかしら、と撫子は微妙な不安を小さなため息に変えた。




20120718