円が生徒会に入るまで3 | ナノ

(円と撫子と鷹斗)


 幾度となく歩いたそこそこの傾斜がある帰り道。
 その長さは隣に人がいるか否かで随分変わることを知ったのは、特別課外がキッカケだったことを撫子は思い出していた。放課後はひとりか理一郎と一緒かの2択が基本だった撫子にとって、鷹斗や円、央に終夜や寅之助と歩くのは新鮮でいつも短く感じていた。会話をしなればと思って話題を作っていたのはほとんど撫子だったが、いつだってこれで満足したと思うようなことはなかった。

 そしてそれを一番に感じるのは円と一緒の時かもしれない、と今は思う。
 沈黙を苦痛だと思わないけれど、なんとなくそれだけでは物足りない気持ちになるのだ。央との3人で話すのは英兄弟パワーで2倍疲れもするが楽しい。けれど、その時の円はあくまで央の意見に追従するのが基本で自分のことはほとんど話したがらない。
 円とふたりで帰ったのは他のメンバーより多くない。それでも、その時はいつも以上に円の気持ちや考えをいちばんに聞けている気持ちになれて嬉しかったのだ。

(……私は何を考えているのかしら)

 なんだかとてつもなく恥ずかしいことを考えている気がする。終夜の言葉でいうなら【ブルースプリング(青春)】というやつかもしれない。
 私には全然似合わないことこの上ない言葉だわ、と言い聞かせるように心のなかで呟いたところで円が撫子を呼んだ。

「な、なに?」

 考えていたことが円にも関わることだっただけに撫子はわずかに動揺を滲ませたが、相変わらず円は淡々と機械的に本題に入った。

「まだ、撫子さんが鷹斗さんに協力している理由を聞いていませんでしたね」
「協力……?」

 何のことか一瞬わからなかったが、円に「生徒会のことです」と言われて、ああ、と納得した。
 確かに鷹斗の意見に賛同して、協力してほしいと言われているしそのつもりで生徒会の事務事項などをまとめたファイルの作成を手伝ったりもしたが、撫子は鷹斗の言う事に協力しようとして行動しているわけではない。央の意見には基本賛同の円には慣れた言い回しだったのだろうけれど。

「確かに協力しているけれど、それは円に生徒会に入ったらいいなと思うからよ?」

 鷹斗が選んだことなら何であれ賛同するわけではない。
 そんな断りを入れた撫子を、円はじっと見つめ返す。

「じゃあ、撫子さんはどうしてぼくを生徒会に入れたいんですか?」

 若干突っかかるような、責めるような口調だった。
 けれど円の目は怒りというより困惑しているような色をたたえていて。

「鷹斗の受け売りも入るんだけど、生徒会に入ることが円にはいい刺激になると思ったの」

 特別課外した当初より円は変わった。
 無理して央の意見に追従するのではなく、央や撫子が願っていた自分の意思を大切にするようになっていたし、円と央の双方が相手を想うあまりに苦しんでいた家族の在り方に対しても、円はわがままを言うという変化を受け入れはじめている。央と一緒のお店を持つという夢だって持ってくれた。

 それを見て来た撫子やCZメンバーは、円が以前の円と変わってきているのはわかる。
 けれど、それは大きくとも些細な変化で、相変わらずクラスでは毒舌でマイペースなままでクラスメイトを泣かせたという話は聞かないが、CZメンバー以外の交流を積極的にとろうとはしていないのだ。

「円が自分から壁を壊そうとしていることは知っているし、嬉しいわ。けど、このままだと中学校も小学生と同じように終わってしまう気がして……」

 円が小学校最後の年も、去年もほとんどCZメンバーだけで過ごしていたことを知っている。

 小学校から中学校に上がるのはほとんどエスカレーター式で、顔ぶれはほぼ変わり映えしない。それゆえに今までの円を熟知している同学年の生徒は自ら近付こうとはしないし、円も他人に対して積極的に関わろうというタイプではないから平行線をたどっている。

 ……このままでは何も変わらない。
 すでに医学に強い外部への進学を考え始めていた撫子は、高校で円の交友関係に口出しすることは絶対にできないだろうことを意識している。
 だから生徒会会長を経験している鷹斗が「生徒会って色々な部の人たちと話す機会が多いから、いいキッカケになると思うんだよね」と円の勧誘を相談してきてくれたときには、これだ、と思った。

「みんなに円の素敵なところをもっと知ってほしい。円にもっと中学校生活を楽しんでほしいの」

 だって人生は一度きりだから。
 すべては一度きりしかない大切な時だから。
 過去も未来も、【今】があってこその人生。

 円にしたらおっせかい以上に、撫子の独り善がりみたいに思うかもしれないけれど。これが本当だから撫子は繕わず、紫水晶の瞳を見つめ返す。

「…………。ぼくにとって生徒会に入ることは、央との時間を削られる煩わしいことです」
「……円ならそうでしょうね」
「けど、あなたや鷹斗さんの言うことはわかります。……それに央は、ぼくが生徒会に入ると言ったら、よろこぶんだと思います」
「…………」
「撫子さん?」
「……え?あ、ごめんなさい。そうね、央はあなたが決めたことなら喜ぶわ」

(――いま、心臓が変だった?)

 円が央を中心に物事を考えるのは当たり前だと知っているのに、と不可解な胸の痛みに首をかしげつつ撫子は頷いた。そのあと、生徒会に関する話は雑談にまぎれて少しずつ隅に追いやられながら、撫子は円と残りの帰り道を歩いた。

 そしてその翌日、勧誘を始めてからはじめて昼休みに円が撫子と鷹斗の教室に現れた。

「生徒会の選挙、立候補しようと思います」
「え」

 言葉の意味が分からなかった。
 けれど、撫子より数倍頭の回転がいい鷹斗は円の答えに破顔した。

「そう!ありがとう、円!」
「別に、鷹斗さんのためじゃありません。鷹斗さんと撫子さんの言葉も一理あると思ったからです」
「うん。そうだね、円が自分で決めてくれて嬉しいよ!それで、立候補するのはどの役員?」
「ぼくは……」
「円」

 鷹斗と円の会話を遮って、撫子は円を呼ぶ。
 円は常と変らぬ無表情で「なんですか、撫子さん」と答える。

「生徒会、立候補するの?」
「ついさっき、そう言ったつもりですが。もしかして昼間なのに寝ぼけてるんですか?」
「そ、そうよね……。…………」
「撫子?」
「撫子さん?」
「もしかして、泣いて…る?」

 鷹斗に言われて撫子も驚いたが、円が一番とぎょっとしていた。
 一体どこで泣かすようなことを言ったというのだろう。もちろん撫子も泣くようなことはちっともなかったことはわかっている。ただ、そう、これは嬉しくて気が抜けたのだ。円はなぜか撫子の涙にはひどくうろたえるのを知っていたから、目じりに溜まりそうになった涙をすばやく拭って笑う。

「何でもないの。ただ、嬉しかったから」
「本当に?何ともない?」
「…………」
「うん。……それで、円はどの役員に立候補するの?」
「――ぼくは、その……書記にするつもりです」
「つもりってことは、受付はまだなんだ?」
「はい」

 まだ少し動揺しつつも円は答えた。
 その様子に悪いとは思うけれど、撫子もどうして涙が出そうになったのかわからないから何も言えない。ただ円が少しだけ外の世界に意識を向ける一歩を踏んでくれたのがどうしようもなく嬉しかったのだ。たぶんそれだけなのだろう、と撫子は納得して話に加わる。

「てっきり受付を済ませていると思ったわ」
「ぼく以外に書記に立候補する人がいるんでしたら、その人にお任せするつもりですから」
「そんなこと言わないでよ」
「うーん。締め切りまであと数日のギリギリだから、多分、円以外の書記の立候補は調べたらほぼ確定で分かりそうだね」
「鷹斗は立候補を把握してないの?」
「行事のひとつだし大体把握はしてるよ。けど基本的に選挙は執行委員にまかされているから。じゃあ、とりあえず、まずは円の選挙立候補の受付を済ませようか」
「いえ、別に、それくらいひとりで行けます」

 友達連れで何処かに行くというのは珍しくはないが、確かにこの面子で仲良く受付に行こうというのは寒々しい気がする。たぶん、自分がいると違和感倍増だ。撫子は浮かんだ想像に薄く鳥肌を立てながら受付に行くのを辞退しようと口を開いた。

「ねえ、私は……」
「海棠会長!見つけましたよ!!」
「あ、副会長」
「昼休みに集まろうって連絡寄越した人がいないってどういうことですか!まったく、暢気にしてる暇があるなら早く会議室に行きますよ!」
「え、ええ〜!?」

 ズルズルと鷹斗が副会長に引っ張られていく。
 その姿が完全に教室から消えたとき、円が「あの人が一番不安に思わせますよね」と複雑そうな表情で呟いた。結局、円は立候補を知った央と二人で受付を済ませた。

 そして書記の立候補は円だけということが分かり、なんだか幸先いいね、と鷹斗が笑ったのは後日談である。




20120716