円が生徒会に入るまで2 | ナノ

(円と撫子と鷹斗)


 円はじとりと目の前にいる鷹斗を睨んだ。

「いい加減にしてくれませんか、鷹斗さん。教室にまで押しかけられるのは迷惑です」

 鷹斗と撫子から生徒会勧誘の話を聞いてから4日目。
 偶然、廊下で会うときに生徒会の話をされるのは、まあ、許せる範囲内だ。しかし午前と午後の中休みにまで教室に来られるのは迷惑なことこの上なかった。……余談になるが、円は余程の事情がない限り毎日ひとつ学年が上である央の教室に出入りしている。なので央と同じ教室の理一郎がいたなら「お前が言うな」と突っ込みのひとつは入れていただろう。

 だが、ここには円と鷹斗しかいない。
 そしてかなり自分本位な言動が多い円の目の前にいるのは、更に輪をかけて自分本位な部分を持っている鷹斗である。表情の変化が少ない円の心底嫌そうな顔にもめげる様子もなく言った。

「でも、廊下だとそう長く話はできないから。……あと、生徒会について少しでも知ってもらえるように少しだけど年間行事と照らし合わせた基本的な事務事項を載せたものを持って来たんだ」
「ぼくは生徒会には入りません。だから要りません」
「そう言わないで、受け取ってもらえると嬉しいな。俺と撫子で作ったんだ」

 ほら、とクリアファイルに綴じられた紙を見せられる。
 その紙には鷹斗であろう筆跡と一緒に、丁寧に書き添えられた撫子の文字も並んでいた。

「…………」
 
 撫子の字に、くっと円の眉が顰められる。
 その変化を逃さず、無言のまま鷹斗がファイルを差し出すとほぼ反射に近い状態で円は受け取った。するとますます表情が微妙な変化を見せる―――たぶん、受け取ってしまったことが癪なのだろう。

「――それと、俺や撫子が勧誘するのも一応期限だけ決めておいたんだ」
「期限?」
「うん。生徒会役員の立候補の受付の締切日まで。他薦でもコレばっかりは自分で受付してもらわないといけないからね」

 それは円もなんとなくだが気付いていた。
 秋霖学園がお嬢様お坊ちゃん学校とはいえ、ほとんどのことは他の学校と大差ない。生徒会は来年度の役員を秋の終わりに立候補の受付を終了したのち、一ヶ月ほどの選挙活動を経てクリスマスを越した真冬に選挙を行うのである。鷹斗と撫子がしつこく勧誘を続けているとはいえ、それは立候補受付の締切日までだとは思っていた。

(……それでも、どうしてこの人はわざわざ言うんだろう)

 普段、央と似た暢気な雰囲気を撒き散らかしているとはいえ、彼はそこまでおめでたくはない。
 子供らしくないと言われる自分が【子供】だと思わせるほどに、時々、この人は怖ろしく思えるほどの頭のキレの良さを見せる。裏があると匂わせるよりよっぽど怖い計算高さを天性で身につけている。それが数年見続けてきた円の鷹斗に対する所感のひとつである。

 だから、期限を明確に告げられたのも、ある種の勝利宣言にも聞こえてますます円は、面白くない、というチリチリした感情に襲われたのだった。





 それからまた数日経った放課後、秋霖学園の校門近くで円は撫子と顔を合わせた。
 ここしばらくは(鷹斗をまじえてだが)廊下や教室で幾度も会話をしているので、会うこと自体は何も思うところはない。はずだが、放課後に――それこそ央や鷹斗、CZメンバーの誰もいない、ふたりきりは随分久しぶりのように感じてしまう。そのことに【普通じゃない】と円のなかで誰かが不愉快さを訴えたが、撫子に、何だか少し久しぶりな感じがするわね、と微笑まれて、その不快な気持ちにわずかな喜びが混じる。

「どうして、あなたひとりなんですか?」
「?ああ……理一郎は茶道部で、鷹斗は生徒会に呼ばれたの。私より円のほうが珍しいわ。央はどうしたの?」
「央は長寿番組の戦隊もののアニメを録画し忘れたと言って、先に帰ったみたいです。ぼくはさっきまで鷹斗さんに捕まっていたので」
「生徒会の人が一度教室に鷹斗を探しに来ていた理由がわかったわ。円のところに居たのね」

 そう言って撫子は呆れまじりのため息をついたが、円の顔を再び見たときには少し嬉しそうに笑って。

「じゃあ、途中まで一緒に帰りましょう」

 小学生の時と変わらぬ声音でそう誘った。



20120716