円が生徒会に入るまで | ナノ

(円と撫子と鷹斗)


「生徒会、ですか?」

 特別課外からちょうど二年目の秋が訪れた中等部1年生の教室。
 すっかり衣替えも終わった教室内で英円はぱちりと大きな目を瞬かせた。そう、と円のオウム返しに頷いた海棠鷹斗と九楼撫子のふたりがそろってこちらをじっと見つめ返す。いや見ているというよりは反応を伺っているのだろう。鷹斗は常とかわらぬニコニコした顔で。撫子は――少し期待と不安が混ざった、真剣な顔で。

「……突然、放課後にふたりして押しかけてくるから何事かと思いましたが、ぼくは生徒会には入りません。入る必要もないでしょう」

 淡々としながらもキッパリと断る。
 温和な雰囲気と見た目とは裏腹に誰であろうと基本的にバッサリ切り捨てるのが円である。この外見とは正反対の態度に何人の生徒と教師が泣かされてきたのかわからないが、円もいちいち覚えていない。

 しかしこのふたりは違った。円のこうした返答に落胆も憤慨もしなかったのである。

「やっぱり」
「まあすぐに決められる話でもないしね」

 円は眉を顰める。
 ――決められない? 今、生徒会には入らないと決めたばかりだ。
 特別課外を経て多少押しが強くなったとはいえ、撫子が諦めない様なのも驚いているが、鷹斗の口振りは最終的に円が生徒会に入るのが見えているみたいだ。

「いきなり勧誘する上に人権無視にも、はなはだしいです。それに、どうして撫子さんまで……」

 今年生徒会会長を務め、教師と生徒の双方からの強い支持を得て来年度も会長で間違いないと生徒会選挙前から騒がれている鷹斗が勧誘するのはわかる。しかし撫子は生徒会に席を置いているわけでもないのだから円を勧誘する理由はないはずなのだ。
 別に鷹斗の側についているのが面白くないとかそんな話ではないが、納得いかない。
 訝しむような視線を投げてくる円に撫子は口を開きかけ、しかしそれは遮られた。

「ごめん、円。けど、その話はまた明日にしよう」

 すっと鷹斗が目で指す方向に、円を呼ぼうとしているのか扉の前に担任がいた。
 別に理由を聞くくらい明日でなくてもいいはずだと思うが、引き留めてごめんね、と撫子に謝られてしまえば引き留めようもない。

「……わかりました。では、失礼します」
「うん、じゃあ明日」
「…………」

 笑顔で告げる鷹斗に、明日確実に生徒会の勧誘を聞くように誘導されたのだと思えて、円は小さく溜息をついた。





 円の教室から出て廊下を歩いていた撫子は、ふと隣に並ぶ鷹斗をうかがう。
 生徒会に円を勧誘しようと思うんだけれど、と鷹斗に言われた時には、円ほどではないが撫子も驚いた。どう考えても、円がやりたがるとは到底思えない役職だ。しかし鷹斗の理由を聞いて、撫子は自分で考えたなりに鷹斗に協力すると決めたのだ。

「鷹斗」
「ん?どうしたの」
「私の理由くらいなら、別に円に話しても良かったんじゃないかしら?」

 確かに、円を勧誘する大元の理由は鷹斗の理由とそう変わらないが、撫子が動くのは撫子なりの理由がある。そう不都合はなかったはずだと言葉を口にした撫子に鷹斗は微笑む。

「うん、時間もかからなかっただろうし、撫子の理由を聞いたら円も生徒会に入ろうと思えるキッカケになると思う」

(……まさか)

 撫子の個人的な動機を知ったからと言って、あの頑固な円を動かせるとはどうにも思えない。しかし鷹斗の言葉にはそう思わせるだけの力があり、納得させられそうになると同時に疑問も強くなる。
 じゃあ、どうして円に告げさせなかったのかということになる。
 だが鷹斗は、撫子にわざわざ促させるような真似をしなかった。出会った時から人の機微を上回る、相手の思考を読んでいるかのように穏やかに笑んで、撫子の無言の問いに答える。

「今日は生徒会の勧誘をするっていう意思表示だけでいいと思ったんだ。円は、即決即断するタイプだからね。今日一日だけで生徒会に対する興味まで持って行けるのは難しいと思う」
「……そうね。入りませんってキッパリ言っていたもの」

 その返答は予想できていたが、ものの見事に断られたと思う。

「うん。だから円には焦らず考えてもらうのが一番いいんだ」

 円は自分で決めたことには、責任感や義務感をひっくるめて、歪みなく突き進む性格だ。つまり、過程はどうであれ最終的に【自分が決めたこと】であれば、円は途中放棄などしない。
 生徒会に入るということを円が決めれば、あとはとんとん拍子に話は進んでいくだろう、と鷹斗は子供らしからぬ計算高さを言葉の端にだけとはいえ匂わせているのは、彼がまだ【子供】だからだろう。
 しかし、それを幻と思わせるほどの無垢で優しさに溢れる笑顔で覆い隠すこともまた天性として持ち合わせていた。

「撫子には時間をとらせちゃうけど、これからも円の勧誘に協力してもらっていいかな」
「そんなの今さらよ。私なりに最後まで協力させてもらうわ」

 ふわり、と温かで力強い撫子の笑みと声が鷹斗を包む。
 本当に純粋無垢な彼女に、無意識下の打算的な部分が刺激されるのを淡い恋の痛みだと鷹斗は思った。




20120716