pro-05 | ナノ

第零話 伍


「もしかして、カミフダと関係ある……?」
「ああ。あれが―――《隠人(おに)》だ」
「おに……?」
「カミフダから流出した情報が有機体と融合し、新たな意思と生命を持つに至った異形。隠人は更なる情報を求め、取り込もうと行動する。その対象には当然、膨大な情報量を有する人間も含まれている」

 すんなりと答えを導いた雉明は、さらに説明をしてくれる。
 そういや、怪物が現れて慌てた俺と武藤に対して雉明はそれほど取り乱していなかった。

「つまり、カミフダを放っておくと隠人がどんどん増えて―――人が食べられちゃうってコト!?」
「正確には、捕食されるというより、融合し、新たな隠人になると言うべきだろう。どちらにせよ、人類にとって脅威となることに変わりはない」
『その通りだ。……雉明、お前は色々と詳しいようだが。誰から聞いた?』

 伊佐地センセの質問は俺も、そして武藤にもあっただろう疑問に触れるものだった。
 俺はもちろん、武藤も雉明をじっと見つめる。

「………。……ずっと昔に」
『昔―――?』
「かげがえのない存在、……だったひとから」
「それって――あ、えっと……ごめん、やっぱいい」

 首を振る武藤に「……武藤?」と雉明が不思議そうに言った。
 武藤はどこか言いにくそうに俯きながら言葉を紡ぐ。

「……あたし、ね、七代クンや雉明クンと仲良くなりたい。だからもし、話したくないコトなら聞かない。いつかきっと……あたしのコト、信用してもいいって思えたら、そのとき、話してくれるって信じてる。それに過去なんて知らなくても、七代クンと同じように、あたしは雉明クンのコトも信じるって決めてるから!」

 最後には顔を上げてそう言った武藤。
 それに対して雉明は武藤を見つめて、俺にも眼を向けた。

「…………」

 戸惑っているようなその表情が、見た目より子どものような印象を与えて、俺は口元がゆるんだ。
 大丈夫だ、と近付いて、身長の高い雉明の頭をくしゃりと撫でてやる。その行動に雉明は瞠目していたが、やがて任せるように目を伏せた。ふうと雉明の口から息がこぼれる。

「七代。きみになら……いつか、話せることもあるかもしれない。もちろん、武藤にも。」
「うん」

 頷く武藤に雉明は眼を細めると、手をどけた俺に雉明は「……七代。きみは恐らく、とても大きな潜在能力を持っている」と言った。…え、何、そんなに頭撫でられて落ち着けたのか。セラピー効果があるなんて知らなかった、と撫でていた手を思わず見てしまった。

「もしかすると、きみは―――………」
「雉明クン……?」
「いや……。何でもない。行こう。まだ、先がある」

 雉明はそう促して先の扉に進む。
 なんだかなァ…何か言いたいことはあるけど、言葉にしきれないのか、それとも言うにはまだ早いと判断したのか。《秘法眼》なんていう特殊能力があるからと言って、俺は人の心が覗けるわけじゃないから雉明がどう思って止めたのかわからないが――武藤の言ったように、いつか話してくれるのを信じて待つしかないのかもしれない。

「そうだな、行こうか。武藤」
「あ……うん、そうだね。とにかく早く終わらせて、どっかで美味しいものでも食べながら話そ! よし、行こ! 七代クン、雉明クン!」

 武藤の言葉に励まされて奥の扉を開けると、お約束というべきか、またしても隠人が待ち受けていた。
 先ほどの犬よりはるかに小さいが、普通のトカゲの何倍もの大きさで、尻尾がまがまがしく巨大なものになっていて、しかも目玉模様まである隠人だ。

『次は遠距離戦闘の試験だ。無理に近づかず遠距離攻撃で倒せ。近距離攻撃と違って遠距離攻撃は隠人の一部を攻撃することが出来る。隠人の弱点となる部位に攻撃を当てられれば簡単に倒す事が出来るはずだ。目の前の隠人は《尻尾の目玉模様》が弱点だ。可能な限り狙って掃討しろ。健闘を祈る』と伊佐地センセに言われて、遠距離に使えるパチンコを使ってトカゲもどきを掃討した俺達は、なだらかな坂の上にある扉を開けて――絶句した。

 今までになく広い区画に出たが、それに似合わぬ足場の悪さがここの特徴だった。まるで飛び石のように地面が抉れていたり、崩れていたりしている。

「底、見えないね」
「足場の不安定なところも想定にいれているということだろう」
「まあ、そうなんだろうけど。けっこう深そうだな」
「あ、危ないよッ。七代クン!」

 平気平気、と俺はかがむと地面に両手をつけて下を覗き込む。

 うーむ、真っ暗でわらかん。
 小石でも投げてみれば底がわかるか、と石を拾おうとしたときに『ここでは、判断力を試験する』と伊佐地センセの声が急にして、思わず、うひぃっと声を上げて尻餅をついた。武藤は「び、びっくりした!」と心臓を抑えている。うん、俺もちょっと今のはビックリした。

『何やってるんだ? …ここでの試験は、対岸にある出口まで進めれば合格だ。足場は限られている。自分のジャンプ力で進める範囲を見極めろよ』
「取り敢えず、落ちたらどうなるかはわかんないってことだな。…俺が先に行くから、二人は後から順番についてきてくれ」
「うん」
「わかった」
「よし。じゃ、行くぞ―――ッと!」

 軽く助走をつけてすぐそばの足場に飛び移る。
 崩れたりしないか不安だったが、案外丈夫そうだ。これなら二人も余裕だろう。

「ん、二人とも大丈夫だ!」
「――! 七代!」
「七代クンッ!」

 おーいと手を振っていた俺は二人の声に何、と言いかけて視界の端に鳥のようなものを見つけた。こんな薄暗いなかを鳥が悠々と動けるわけがない、と気付いたときには遅く、俺はコウモリのような姿をした隠人のいきなりの攻撃をよけきれずに、咄嗟に顔と胸を守るために両腕を交差させる。
 と、ガブリと隠人の牙が食い込んだ。

「ぐっ…!」

 そのまま竹刀で反撃してやる、と腰から引きぬいた竹刀で隠人を攻撃しようとしたが、身体がピリピリと痙攣を起こして狙いが定まらない。

「七代クンッ! 大丈夫ッ!?」
『落ち着け。これも試験だ。七代は、隠人の攻撃で軽度の麻痺状態にある。攻撃には回れないだろう。武藤、雉明。七代が動けない時こそお前たちが頼りだ。お前たちなら必ず、切り抜けられる』
「…なるほど、試験…だな。クソッ…まじで動きづれぇ。武藤、雉明、頼む」
「ま、任せてッ!」
「武藤、きみの機動力ならあの隠人に一撃を与えられるだろう。おれが隠人を引き付けるから、武藤はその隙にやってくれ」
「…わかった」

 雉明は武藤が頷くのを確認すると、あの時の重さを感じさせない動きでジャンプした。
 そして俺にもう一撃加えようとしていた隠人にそのまま身体の軸をかえて回し蹴りを食らわせた。ピギィッと鳴いた隠人を越えて俺のいる足場とは別の場所に着地する。攻撃を食らわせた雉明に標的を変えた隠人を見た雉明の「武藤!」という声に、「うん!」という溌剌とした声がすぐ傍で聞こえた。

 助走をつけた武藤が力強く跳ぶ。そのまま背後を見せた隠人に武藤は「はああッ!」という気合いを発し、拳を叩きつけた。ピギィイイッと今度こそ断末魔を上げて隠人は光を発して崩れ落ちた。武藤はストンと足場に着地すると「七代クンッ!」と俺のいる足場まで来ようとしたが、俺は飛んでくるもう一体の隠人の姿に声を上げた。

「武藤、まだもう一匹いる!」
「えッ!?」