春の洞の最上階。各階層に入る前に必ず置かれている御堂は本当に便利だ。 例えば《封念ノ神鏡》に触れれば、鏡が触れた人物の情報をスキャンする。これによって回復機能を備えた御堂に触れればスキャンした人物を万全な状態にまで回復をしてくれるのである。そして、中央に坐す神鏡とは別に置かれた《封具ノ器》と《御蔵ノ器》も便利機能を秘めている。俺は躊躇わずに水鏡になった器の一つに手を突っ込むと求めた感触を頼りにそれごと引っ張った。 引き上げた手には期待通り、玩具屋で買ったエアガン―――これが《御蔵ノ器》の力だ。 鴉羽神社と洞が龍脈で繋がっているのだろうか。御堂に置かれた水鏡は、まるで某ネコ型ロボットの便利アイテムのように俺の部屋にある任意のものを引っ張り出すことができる。それは大きさの有無を問わないので、俺は次々とウエストバックや医療道具、軽食などを引き出していると「まるで手品みたいだね」と輪から手当てを受けた香ノ巣が感嘆の声を上げた。 「香ノ巣がコレを見るのってアレ以来だったっけ」 「あの時も不思議だと思ったけれど……七代、君は気になったりしないのかい?」 「さあね。これもカミフダの影響を受けたモノの一種だって聞いてはいるけれど、一々細かいことまでは気にしていられないだろ。無害で便利ならそれでいい」 最後につい最近貰った呼び子を出すと、燈治が「おい、それ…」と指差した。 相変わらず察しがいい奴。だが、今回は洞察力の鋭い奴がもう一人いたことを忘れていた。 「それは巴くんの特製呼び子だね」 「……だろうとは思ったけどよ、なんでお前が知ってんだよ」 「それは勿論、僕が情報屋だからとしか答えられない。まあ壇にとっては、あまり良い思い出はないだろうね。巴くんが呼び子を使う時は大概、遅刻者を発見して確保要請をするとき―――つまりは君が巴くんに発見されたときだ」 「へえ、そんな逸話があったのか」 「なんかカッコ悪い…」 「うっせェよッ! つか、それ、どうしたんだよ」 ついこの間の昼休みに生徒会と風紀委員のゴタゴタで昼食を取り損ないかけていた飛坂に、作業中でもお手軽だからという単純な理由でサンドイッチを渡したのだ。カードゲームに興じながらでも食べられる料理として生まれたという由縁をもつだけはあって、飛坂は機嫌を良くしたらしく後日「予備で造らせておいたものなんだけど、コレ、あげるわ」とお礼にくれた。 香ノ巣の言うように良い思い出がないのか、嫌そうな顔で呼び子を見る燈治が「へえ、…あの女、嫌がらせか」と唸った。 俺は紐に繋がれた呼び子を首から下げながら渡された時の事を思い出す。サンドイッチのお礼に悪いな、と受け取った俺に飛坂は「ふふ。それ、結構音が響くのよ」と意味ありげな笑みを浮かべていた。うん。知らぬが仏だろう、と俺は鈴が示してくれた扉へ、鬼印盗賊団を追うために一歩踏み出した。 今度の春の洞は、薄紫の藤が咲く奈良時代を模した階層になっていた。 とりあえず最初の区画から湖畔の広がる場所を通って次の区画に進んでみたが、二つ並んだ祭壇の奥が六体の像で塞がれていて先に進めない。祭壇は各々《内政の祭壇》、《治安の祭壇》とOXASの解析データが示して、その中央の台座に嵌めこむ穴がある。 この先に進むには祭壇にそれぞれ鍵となるアイテムを嵌めこまなければないと分かったところで、俺はこの部屋の手前、湖畔のあるところで待っている三人のもとに戻った。 「戻ったな。この先は進めそうか?」 「いや、祭壇が二つあったから、アイテムを入手しない限りは無理だな」 「…なら、一つ目はあそこじゃないかな?」 「どこだ?」 「あそこだよ」 香ノ巣が示した先を見る。遠目にだが、祭壇みたいなものが見える。 しかし、そこまで行くための足場が足らない。これもまた仕掛けだろうか、と足場の先には像があったので近付いてみる。解析すると《律令選定の像》と出てきた。こっちも何かアイテムが必要なのか。 「……輪、行けたりする?」 「え!? そ、それは……いや、やればできるって言う、し。千馗が言うなら……」 「あ、いいや、ごめん。やっぱりズルはできないよなあ。……確かもう一つ扉あったよな」 「ああ、此処出てすぐ左の扉だろ」 「輪と香ノ巣はここで待っていてくれ。燈治、いいか?」 「ああ」 二人を残して扉を開くと、タイミングが良かったのか隠人が襲ってきた。 初めて遭遇する、浮遊している仏像の生首もどきの隠人には弱点である右目を見つけるまでが苦戦したが、あとは姿が見えないだけのコウモリだったので素早くエアガンで倒す。最後の仏像生首がカランカランと転がって消えたのを確かめた俺は、ふ、と笑いが零れた。 「ふ、…ふふふふッ」 「おい、千馗?」 『はわわ、ぬしさまッ?』 「―――やっぱエアガンとはいえ武器らしい武器を持ってると気分出るよな!」 パチンコだと雰囲気がイマイチ中途半端だったし、札強化した弩だと疲労の方が激しい。玩具屋で見つけたときにすぐ購入したのは間違いなかった。武器として扱わない限りには威力も着弾する距離もたかがしれていたが、刻印を通して武器強化をすればBB弾でもこの違い!! 思った以上の結果に嬉しくなってしまう。 「ッたく、お前って本当にどこか呑気だよな」 「全くじゃ」 「あ、白」 鴉の姿で頭上に鎮座した白は「今からでも遅くはない。あの者を地上に返すのが身の為じゃ」と宣う。 「七代、其方は徒人を巻き込むのは好まぬ性質ではないのかえ?」 「俺も同意見だ。それに、あいつは何を企んでいるのかわからねェ。同じ学校なら、あの女に奪われたのだって罠かもしれねェだろ」 「まあな…けど、大丈夫だって」 「そりゃなんの根拠から来る自信だよ」 「燈治たちが俺の友達で、俺は“ひとり”じゃないっていう自信」 今日、伊佐地センセと武藤の前で皆が友達だと言ってくれたとき、本当に嬉しかった。 だから例えこの先に酷い事が待ち構えていても、何とかしようという気にさせてくれる。ひとりじゃないから。たったそれだけの自信だけど、それでいいんだ。 「ハァ…。お前がそう言うなら、俺はもう何も言わねェよ」 「おう、心配してくれてありがとうな。白も」 「うつけ。妾は其方の友とやらではないわ」 「ん? ん〜」 確かに白との関係は友達で括れない。 本来ならば札の番人と執行者は主従関係に近いのだろうが、俺が封札師というイレギュラーな存在であるから白は主だという風には受け入れていないみたいだし。それに俺自身も白との関係を主従の枠にあてはめたいとは思っていない。けれど友達というには近すぎる。 「運命共同体、じゃなくて……家族」 朝姉えがそう言ってくれていたのを思い出して、また気持ちが温かくなる。そうだ。同じ屋根の下に住んでいるんだから、俺も白も家族だ。 「うん、家族だな――っう……わ!?」 「千馗ッ!」 「あ……ぶなかった!!」 思いっ切り弾みを乗せて白が頭の上から飛ばれて、危うく湖にダイブ寸前だった。咄嗟に腕を掴んでくれた燈治に、悪い、と礼を言えば「落ちたら洒落にならなかったな」と返された。 「ふん。落ちれば、頭が冷えて良かったのではないかえ」 「ずぶ濡れは御堂でも戻らないからッ」 とかいう雑談を一度挟んだ後、飛び石のように並んだ木造の船を介して湖の上を移動することにした。 飛び乗る度に船が前後にぐらぐらと揺れるから足元が不安定だ。それでも然程時間もかからずに縁だった地面に着地した。理由は単純、湖と船と離島のように存在する地面以外でこの区画に存在するのが、この縁だった場所におかれたオブジェと先程とは別の祭壇だけ。 本当ならまず祭壇のほうに行きたいが、あいにく船の配列から行ける場所がここと限られている。 多分、何かの仕掛けを解除、あるいは作動させるものだろうけど―――木製の台座に置かれている船のレプリカのようなオブジェを解析する。 「《遣唐の潮風》――大海を超え、異国へと向かうための潮風の力を秘めた壇。………」 パコーンッ 「いってーな! 靴投げんな、燈治!」 「…なんか物凄く腹立ったんだよ」 疑わしきは罰する方か! あながち間違っちゃいないけど! 投げつけられた靴を思いっ切り顔面狙ってやったがすんなりキャッチされた挙げ句に「何かわかったんならさっさとしろよ」と言われる。わーっとるわい。一々急かすなジジイになるぞ、と《遣唐の潮風》をあちこち調べると船のレプリカ部分に手ごたえ。 「よっし、ビンゴ!」 レプリカを動かす。すると湖がまるで海のようにうねり、俺が跳んでも動かなかった位置から一艘ずつまるで意思を持っているように動いていく。そして四艘あった船は対岸の祭壇にまで進めるような位置に移動し終えたのを確認してから、俺は《唐の祭壇》と説明されている台座から《律の書》を取った。 《律の書》を手に入れた俺達が戻ると、香ノ巣が「おかえり」と言った。 その様子が先程と同じすぎて俺が溜息を吐くと「どうしたんだ?」と輪が訝しんだ。いやね、何も変わったことはなかったってことは向こうの祭壇に進む手立ても以前見つかっていないことだからと《律の書》を手に入れた経緯を説明すると輪が「えー!」と声を上げた。 「千馗ばかりズルい! ボクも船が動くの見たかったのに…」 「輪。こちらの仕掛けが動いていないんだから、次の機会があるよ」 「手品みたいに言うなよ」 「タネと仕掛けはあるじゃないか。……とりあえず、その書を先程の祭壇に置いたらどうだい。君の説明から考えるに、大宝律令をなぞった謎解きだから先程の部屋にあった《内政の祭壇》にそれは収めるべきなんだろう?」 一々言うことが最もすぎるのが癪だったが、香ノ巣の言うように俺たちは二つの祭壇が並ぶ部屋にもう一度行った。 手に入れた書簡を嵌めこむと、前を塞いでいた三体の像が破壊されて隠人が出てきたのは驚いたが弱点把握済みだったので難なく沈めることができた。手前の像が三体取り除かれたことで、行政を定める人材を選定する様子が描かれた《選定の祭壇》から《道作りの木簡》を取り出す。 「で、今度は何処に使うんだよ」 「そりゃ、戻るしかないだろ」 「進めない以上は戻るしかないね」 「えー……地味だな」 →拾 |