当初の予定とは変わってしまったが、俺達は白にアンジーを任せた以上、ドッグタグに急いだ。 それはもう急いだと言えるだろう。なにせ、穂坂が「その前に、七代くんの怪我を治したほうがいいよね」と言ったのを「別にそんな大した傷じゃないでしょ」と飛坂が急かしたくらいだ。…だよな。俺がアンジーの罠にまんまと嵌っていたのが気にくわなかったわけじゃないよな。 「こんにちは、マスター! 香ノ巣、居ます!?」 「……店内では静かにな」 ドックタグに駆け込むなり訊ねた俺たちにマスターは淡々と注意する。いけね。学生が四人も飛び込んできたら他の客の迷惑だった。慌てて口を噤むと「七代クン?」と誰かに名前を呼ばれた。 もしかして鴉乃杜の学生―――けど、聞き覚えがあるような気も。 「やっぱり、七代クンッ!!」 「ぐふッ……!?」 「近くにいるって聞いてたからもしかしてと思ってたんだけど、ホントに会えるなんて!!」 「…こ、この痛みは―――武藤!?」 「えええ、痛みで思い出すなんてひどいよ、七代クンッ。あたしのこと、忘れてた?」 「まさか。久しぶりに会えて嬉しいよ。また強くなったんじゃないか?」 あの最終試験にも喜びのあまりか、武藤には抱きつかれたことを思い出す。あの時は俺が大蛇の大隠人を倒したときで武藤の抱擁に(嬉しまじりの)悲鳴を上げたが、あの痛みは俺の怪我だけじゃなかったりしてと少し思いつつ、武藤の頭をぽんぽんと撫でたら「えへへ」と笑みを見せた。 「少しは七代クンに頼られるようになってたら、嬉しいけど。…うん、七代クンも頼もしくなった気がするよ。アレだよね。男子三日会わざれば、か―――………。か……カツ丼?」 「天丼?」 「親子丼でも美味しそうだよね! あ、でも、ここは喫茶店だからムリ……」 「感動の再会はいいが、いつまで抱擁しているつもりだ。ちなみに、男子三日会わざれば、剋目して見よ、だ」 「―――伊佐地センセ!」 「別件で寄っただけなんだが、ここで会うとはな」 「お久しぶりです。…センセは老けましたね?」 「手のかかる生徒がいるからな」 伊佐地センセの指摘に慌てて離れた武藤が「ひっど〜い、伊佐地センセ!」と言った。武藤、自覚があっても認めるのは止めたほうがいいぞ。言い出した俺が言うことじゃないけど、と久しぶりに会えた二人に浮かれていた俺を引き戻したのは燈治だった。 「何だ、千馗の知り合いか?」 「あ。えーっと、知り合いっていうか……」 「―――なるほど。もしかして、同じ封札師、って人?」 言っちゃった。言っちゃったよ、生徒会長様。 その瞬間、伊佐地センセの纏っていた空気がピンと張り詰めて、一直線に俺に突き刺さる。俺は目を逸らした。見ちゃだめだ。今見たら石像になって粉砕される。 だが粉砕されたのは俺と伊佐地センセの間の緊迫した空気だった。そして壊したのは、武藤の溌剌とした明るい声。 「あったりー!! すごいね、そんなことまで知ってるんだ!!」 「武藤、お前な……」 「まーまー、心配しなくたって、大丈夫だよ、伊佐地センセ。だって、みんな、七代クンの友達でしょ?」 ニッコリ。陰りなんて見えない、太陽みたいな笑みに救われた気持ちで頷いた。 「うんッ、なら信頼出来る人たちだよね―――と、そうだッ。あたしは武藤いちる。七代クンの……元クラスメイト、みたいなもんかなッ。あ、こっちのオジ―――じゃなかった、センセーは、えっと……センセー、です?」 「伊佐地だ。一応、封札師としてのこいつらの上司って奴になる。七代―――いや……いい。単刀直入に言おう。お前の見つけた《カミフダ》が呪言花札と呼ばれているのはもう知っているだろう。事情を知り、七代と行動を共にしている君らは、恐らく《札憑き》だな」 「……ああ。どうやら、そうらしいぜ」 「それで、この花札について何かわかってる事はあるんですか?」 「…………」 伊佐地センセは眉間に寄った皴を伸ばしながら答えた。 「呪言花札の存在は歴史の陰に幾度も見え隠れする。つまり過去にも《札憑き》と呼ばれた者たちがいたという事になる」 「伊佐地センセと武藤は、その人達の話を聴きに?」 「いや、直接聴いたのは他の封札師だ」 「何かわかったんですか」 「ああ。だが、彼らの証言はどうも食い違うらしい。早く集めなければ、人類は滅亡するという者もいれば―――全く逆の証言もある」 「…逆?」 「そうだ。世に放たれた《呪言花札》を―――集めてはならない、と」 集めてはいけない? 「え? ……え? 何それ、センセー。集めちゃダメって、どういうコトなの!?」 「……わからん。それに、肝心の花札封印の顛末については、何の情報も得られていない。わかっているのはただ―――白札に選ばれた執行者だけが札を封印する事が出来る。それだけだ」 白も言っていた。花札の封印が解かれて目覚める番人は、執行者を選定し封印する。そのために札を集めるのも、封印できるのも番人に選ばれた執行者だけ。 「《呪言花札》は、収集特課が創立以来、追い続けてきた最古のカミフダでもある。そんな重荷を新米のお前に負わせる結果になったのは、俺の……判断ミスだ。だがな、《カミフダ》が人類に危険を及ぼす側面を持つ限り、人々の、現在(いま)を守る為、我々はそれを探し当て、収集しなければならない。そして、お前にはその為の《力》がある。そうだな、七代」 「はい」 「それでこそ、俺の生徒だ。この件が無事終わったら……せめてもの詫びに一発くらい食らってやる」 「え」 「勿論……やれるもんなら、だがな」 殴らせてくれる気が全然ないよな、この鬼教官。 爽やかとは言い難い笑顔には挑発じみたものが見えて、俺がこっそり溜息を吐くと武藤が「あ、あたしもッ!!」と元気よく挙手した。 「手伝うよ? 七代クンがそんな大変なときに、追試なんて言ってる場合じゃないし――」 「そう思うんなら、さっさと合格しろッ」 「追試…、がんばれよ」 伊佐地センセの静かな一喝に「う…」と怯む武藤。 それを少し遠巻きに眺めていた飛坂が「何処の世界にも似たような子はいるもんね」と隣を見るから、その隣は当然非難の声を上げた。 「何でそこで俺を見んだよ。ま、そんなに心配しなくても、千馗にゃ俺たちがついてやっからよ」 「みんな一緒だから……きっと、大丈夫です。それに、秘密はちゃんと守りますから」 「……協力、感謝する」 伊佐地センセがそう言ったとき、カランカランとドアベルが鳴った。 →八 |