3st-09 | ナノ

第参話 九


「お、花札見っけ」

 壊れた壺の破片から牡丹の屑札を拾ってポケットにしまった。
 あのあと、香ノ巣の情報から花園神社へ向かった俺たちは地下へ通じる穴を見つけて洞のなかにいた。鴉乃杜學園からはるか東に位置するこの洞は春の洞と呼ばれているらしく、この階層は菖蒲が咲く飛鳥時代を模した場所になっている。
 当然、春の洞の影響で出て来る隠人は春の属性。秋の洞では有利に運んでくれた冬の花札は逆に不利となるし、迎撃までしてくる隠人まで出てくる始末――準備をしてから潜っているとはいえ疲れは徐々に溜まってきた。理由はそれだけじゃなくて、

「随分凝った仕掛けが多いな、ここ」
「像を移動させたり……あ、壊したりもしたね」

 隠人を強化し破壊されるまで無尽蔵に呼び寄せる武人の像。
 アレは陰険な罠だったよな、と相槌を打って俺は前を阻む石碑を携帯電話で読みと《俳優(わざをぎ)の碑》と出てきた。おどけながらも、武器を持つ者が入らぬように監視する様子が描かれている、とあるように石碑には俳優であろう男が刀を取り上げている。

「飛び越えていけねェのか?」
「…無理っぽいな」

 透明な壁でも張られているような衝撃がてのひらに伝わる。この石碑を動かさないと結界は解かれないという意味だろう。

「にしても…なんか意味ありげな石碑だよな、これ」
「何がだよ」
「乙巳(いっし)の変を彷彿とさせるなあってさ」

 飛鳥時代を模したこの階層でははじめ聖徳太子の故事をもとにした仕掛けがおおくあったが、飛鳥時代を代表するのは彼だけではない。天皇による国造り、大化の改新。そして中大兄皇子が中臣鎌足とともに豪族である蘇我入鹿を暗殺した、歴史に残るクーデターというのが乙巳の変である。

 猜疑心が強く、剣を手放さなかった蘇我入鹿の暗殺を確実とするために中大兄皇子は俳優を使って剣を取り上げたのがクーデターを成功させた一因であることには違いない。そして、その俳優を模した石碑が目の前にある―――何とも気味悪いことこの上ない。

 俺の言葉に穂坂は視線を上に向けて「そういえば…」と呟く。

「この石碑の前にある像は剣を持っているけど、奥にある同じ像には剣を持ってないね」

 部屋にある石像は六体。そのうちの四体、つまり石碑より奥に配置されている石像は俺たちの左右にある石像と同じく剣を振るう姿を模しているものの、その手にはあるはずの剣がない。

「間違いなく何かあるな」
「……二人とも少し下がってくれ」

 結局、うだうだ言っても先に進むしかないのはわかってんだ。

 一番武器らしい竹刀を取り出して構え、そして仕舞う。すると石碑はひとりでに脇へ動いた。

 ビンゴ、と呟いて一歩踏み出した瞬間、

『はわわわわ! ぬしさま!』

 ぶにゃあん、と間抜けな鳴き声。
 間一髪、飛んで来た衝撃を竹刀で防ぐと巨大な黄金の招き猫に似た隠人が口の端を釣り上げて笑っていた。それ一体だけではない。他にも七股の尾に分かれた狐の隠人が宙に浮いている―――って。

「鍵さん!?」
『坊、違いやす』

 …ですよねー。ちょっと言ってみただけです。

 ある意味予想通りだった隠人を返り討ちにして奥にある祭壇から《即位の証》を取り出す。なるほど、蘇我入鹿を暗殺した中大兄皇子は大化の改新を進めて孝徳天皇と名を改めた。

「多分、次の鍵になるんだと思う」
「通路は二股に分かれていたから、こことは反対の部屋に使うのかな」
「だったら進もうぜ。鹿島だか鬼印だかがここを探ってねェとは限らねえしな」

 燈治の言葉ももっともだ。
 だけど、気になることもある。部屋を出て灯篭に照らされた通路を歩きながら俺は白に声をかけた。

「白に訊きたいことがあったんだけどさ」
「なんじゃ」

 鴉になって出てきた白が頭上に陣取る……うん、突っ込む気は大分失せてきたぞ。
 俺には八汎學院の日向輪という名に覚えはない。だが特殊な人間を集めるという八汎學院の生徒ならば、俺よりもむしろ白たちに関係あるのではないかと、白に訊ねるが「知らぬ」とすげなく返された。

「日向っていう姓にも家にも心当たりないのか? 例えば、執行者の末裔とか…」
「――…七代」
「ん?」
「どこまで知っておる?」
「え、どこまでって?」

 鋭さを増した声。
 だけれど意味は分からず、訊き返した俺に「……もうよい。だが日向は違う。仮にその者が我が主の血を受け継ぐ者であれば、其方など執行者には選んでおらぬ」と白は溜息まじりに答えた。結局、何が白の機嫌を損ねたか分からず終い。いや事実、俺は白や花札のことを何も分からないままだ。
 俺は、このまま洞に潜って隠人を倒して花札を集めているだけでいいのだろうか。花札の全容を知らずに集めることに疑念を感じるのは、封札師だからか、それとも図らずとも負うことになった執行者だからか。





 最奥部の扉。この先には巨大な大隠人や何かしらが待ち受けているのが定番だった。

 だが、扉の奥から感じる気配に俺は眉根を寄せた。札がある、と思う。しかし壺に入っているときのような微かな気配とも、宍戸が隠人になりかけた時の強烈な気配とも違う――獣を鎖に繋いであるような、静けさのなかに荒々しい気配。

「どうした?」
「七代くん……?」

 多分、と俺は予想しても扉を開けない選択肢はなかった。

 ギイィと唸る木造りの扉を開けると、薄暗い部屋のなかにいた人物が「おや」とこちらを振り向いた。声にすら滲む色を醸す男は静かに笑った。

「やっぱり来たんだね。という事は、僕の情報を信用してくれたという訳だ。光栄だよ、封札師くん」
「ああ、ありがとう」
「オイ。何を悠長に礼なんて言ってやがんだ」

 封札師だってバレてんだぞ、と言われるが、まあ予測の範囲内だった。流石に香ノ巣がここにいるとは思ってはいなかったのでそっちには驚いたけれど。

「はは、そう言ってもらえると助かるよ。あと、僕は誓って君たちに嘘は言っていないよ。ただ、言わなかった事があるだけだ」
「いちいちムカつく野郎だな」
「燈治、落ち着けって」
「香ノ巣さん、あなたは一体――」
「絢人!!」