3st-08 | ナノ

第参話 八


「正義の……味方?」
「いまのところはそう見なされているようだよ。強盗退治から、ヤクザの裏取引阻止まで、新宿を中心に活躍していると聞く。漆黒の外套を着て、空を舞うように街を駆ける……。誰が始めに呼んだか知らないがそれが―――東京BMさ」
「この新宿に、正義の味方ねェ……。けど、それならどうして警察に追われてる?」
「おや、それを君が問うのかい、壇? 君も昔からよく、いじめっ子を退治しては、補導されていたろう?」
「ちッ……そんな事まで知ってやがんのかよッ」

 本当に何でも知ってんだなあ、と感心してしまう。スーパーの特売とかも知ってたりして。
 飛坂は燈治を例に挙げられて「……確かにね。暴行、傷害……迷惑防止条例違反とか、あとは不法侵入辺りかしら?」と納得したようだ。

「そういう事。それに、あまり活躍されては警察の威信にも関わる。もっとも―――あの女性(ひと)としては純粋に犯罪者を追っているだけだろうけどね」

 富樫刑事がその情報を欲しがっていたことも知ってるってことか。

「それにしてもまあ、まったく風情のない呼び名だ。僕ならあれは天狗と呼ぶよ」
「天狗って、あの……赤くて、鼻の長い……?」
「そう、修験者の姿に、剛(つよ)き翼を持った山の守護者。このビル街を山々と見立てればそっちの方がよほど相応しいと思うけれどもね。さて……最後は君だ、七代」

 怪しい事件、怪しい―――人物。
 ポケットにしまった生徒手帳。そうだ、知りたい情報があったじゃないか。

「碧色の学生服の……」
「八汎學院かい?」
「そうだ。それ、それについて聞きたい」
「ふむ、確かにあそこは少々興味深い所だね。表向きは、全国から良家の子女を集めた偏差値の高い私立高校―――ではその《良家》というのはどういう意味だろう」

 りょ、良家の定義?

 即座に思い浮かばない俺とは反対に、隣にいた飛坂が「家柄、っていうのもちょっと時代錯誤な話だし、寄付が多額だって事じゃない?」と答えた。

「確かにそれは一理ある。実際、そう言った意味でも使われているだろうね。ただ、八汎は違う。あそこにおける《良家》とは神に仕える者の家、という意味だ。神道、仏教、密教、カトリックその他諸々―――宗派を問わず、ありとあらゆる霊的な由縁を持つ家の子女が集められている」

 霊的な由縁を持つ家の子女を集める学校。
 目の前にいる香ノ巣が在籍する寇聖高校は、法に触れることをやってのける集団が集められているわ。片や八汎學院は――

「まさか、あそこの生徒は、全員霊能力者……とか言わないわよね?」
「さすが、鋭いね」
「う、嘘ッ!?」

 飛坂が信じがたいと唸るが、その横にいる俺も一種の霊能力者もどきだぞ。

「だが、事実として八汎は特別な血縁、技術を持つ人物を優先的に集めているのさ。霊能力者だけじゃなく、身体的に特別優れた人間もね。さて、ではそれは一体、如何なる目的の為か―――? ……残念ながら、僕が言えるのはここまでだ」

 そこが肝心だろうがよ、と内心唇を尖らせてみるが仕方ない。香ノ巣が「ここまでだ」と言うのなら、普通の範囲ではそこまでで事が足りる。あるいは踏みこんではいけないということだ。
 しかし、そうなると輪のことを調べるのは骨が折れる。

「ねえ、七代くん。さっきの子も八汎の子……だったよね?」

 穂坂に訊かれて、うえ、と変な声で反応してしまう。そして反応したのは俺だけではなかった。珈琲に口をつけようとしていたはずの香ノ巣が怪訝な顔をして訊ねた。

「一体、何の事だい?」
「どうやら七代君の事を付け回してるみたいなのよね。日向輪……って言ったかしら」
「……それは、自分で名乗ったのかい?」
「いえ、生徒手帳を拾ったんです」
「……なるほど」

 ……それだけなのか?

 鹿島御霧に関してはあれほど朗々と語ったのに、香ノ巣は興味を失ったかのように珈琲を飲む。

「さて、僕の話はこれでおしまいだ」
「あ、あの、盗賊団について、もう少し教えてもらえませんか?」
「残念だけど、美しい人。君にその情報は相応しくない。君たちが求める情報をすべて答えた……それに対価もなしにこれだけ話したんだ。大サービスだよ」

 とりつく島を見せない香ノ巣に、「そうは言っても、そこが肝心なのよ」と飛坂が粘った。

「そいつらに奪われた物を、取り返さなきゃならないんだから……」
「君たちが? 彼らに……奪われた?」
「信用出来ねェって面だな」
「……さっきも言った通り、彼らが狙うのは、特殊な品ばかりだ。一介の高校生が、そんな物を持っているとは思えない」

 燈治に向けられていた瞳が俺を見た。

「……それとも、何か、あるのかい? 悪名高き鬼印盗賊団に狙われるほどの何かが―――?」

 俺は、答えなかった。
 答えられるわけがない。香ノ巣が情報屋という奇特な商売に身を置いているとはいえ、俺は自分から他人を巻き込む気はない。黙ったのはほんの少し。そして、香ノ巣の判断は早かった。

「言えない、か」
「………」
「なら、僕からもこれ以上、渡せる情報はない」
「わかった。ありがとう」

 テーブルを離れる。香ノ巣を待つ間に会計は済ませていたからマスターに「ごちそうさまでした」と声だけかけると一つ頷かれた。燈治たちも席を立ってドッグタグを出ようとドアを引いたが、「まあ、美しい人に免じて一つだけ、教えてあげよう」という声に留まって振り返った。

「一度、花園神社を調べてみるといい」
「花園神社? ……そういえば、ここから近かったわよね」
「そう。誰しもが知っていながら―――誰も知らない歴史を秘めた場所だ。そこで最近、幾度か鹿島御霧の姿を見かけてね。……神仏など物ともしない、盗賊団の参謀が熱心にご参拝―――なんて、いささか不似合いだろう?」
「あの、教えてくれてありがとうございます」

 頭を下げた穂坂に香ノ巣が苦笑する。

「礼を言われるような事じゃないさ、美しい人。情報を得るためにはギブアンドテイクだけでなく時には先行投資も必要だ。という訳で、何か面白い事が見つかったら是非話してくれ。ああ、それと―――」
「――っと…!」

 軌跡を描いて投げられたものを受け取る。
 気つけ薬とラベルが貼られていた。

「あんな風に僕を殴った男は君が初めてだ。その記念にこれをあげよう」
「……サンキュ」

 けど、なんで気つけ薬なの。

 ……香ノ巣絢人、謎すぎる。