注文したフレンチトーストとカレーが綺麗に平らげられた後も、俺たちは情報屋を待っていた。 とはいえ流石に何も無しで待つことはできず、珈琲のおかわりを頼んだ俺に気を遣ってか飛坂も珈琲を注文するとマスターは小さなチョコレートをお茶請けに出してくれた。 ペリペリとチョコレートの包み紙を剥がしていた穂坂が「あのマスターが、情報屋さんなのかな」と声を潜めて言った。 「いや、違うんじゃないか。確か金持ちのボンボン、だったよな」 「あ、そっか」 「けどよ。飛坂、まさか姿形もわからねェ奴を待つつもりなのか?」 「……残念ながら詳しくはわからないのよ。ただ―――高校生なのは間違いないわ」 驚いた。まさか待っている情報屋が俺たちと同じ高校生とは思っていなかった。だが、次に出た飛坂の説明に納得した。 その情報屋は高校生ではあるものの、華道の家元の生まれだということ。ただし家元を継ぐのは女性というしきたりであったために彼自身は家元の息子であっても蚊帳の外にいる状態。 「……なるほど。それで金と暇をもてあましてるって訳か」と燈治が頷く。 「とにかく変わった男だって言うから、見ればすぐにわかるんじゃない?それに会えなきゃ、何のために写メしたかわかんないわ」 「あ、そうだ。写メって一体何だったんだ?」 今朝もそんな事を言っていたが。 飛坂は「別に情報屋本人に送ったわけじゃないのよ」と肩をすくめる。 「知り合いが、その情報屋に引き受けてもらえるかどうか見るからって……七代君の写真をね」 「は? ちょッ、飛坂か穂坂の写真じゃなくて!?」 「なんであたしか弥紀なのよ! 正式な依頼者は七代君でしょッ」 言われればそうなのだが、いつ写真なんて撮られたんだ、と問い詰めると生徒会のメンバーに頼んで隠し撮りしたらしい。携帯電話で添付メールを見せてもらうと何の変哲もない俺の写真があった。だが、確かに隠し撮りの角度である。 「……え、何で。俺の見た目とか関係あるの?」 「男だって言ったら写メを頼まれただけ。男だとかなり確率が悪いらしくて」 「末恐ろしい女だな、お前」 とは言いつつも、他人事だからか「……で、どうだったんだ?」と呑気に燈治が問う。 「多分、大丈夫だって」 「多分って…」 「多分でもかなり確率はいい方らしいわよ? あとは、なんかあたしがいれば大丈夫とか、わけわかんないこと言われたけど」 「へー……あ、悪い。ちょっと席を外す」 俺は三人に断りを入れて席を離れるとカウンターに立つマスターに声をかけた。 別にちょっとショックで逃げ出したわけじゃない。せっかくだからクエストの追加を頼もうと思ったのだ。マスターに頼んでリストを見せてもらうと新しい依頼人が入っていた。これが俺の実績に対するマスターの信頼ってことだろうか。なんだか少し嬉しい。そしていつもの女将さんや北米ハッカーなどの依頼受諾を伝える。 「わかった。いつものように転送しておく」 「お願いします。それと、居座るような形になってすみません」 「いや、気にするな。それにお前たちは、情報屋に用がある―――そうだろう?」 一つしかない目元を弛ませ、静かに看破される。知っていたんですか、と訊ねると「店に入ってきたときの様子を見ていれば、目的は……大体わかる」とマスターは答える。ということは、本当に情報屋は此処に来るのだ。 「会えますかね」 これで会えなかったら知らぬ間の俺の犠牲に涙が出そうだ。 「お前たちは、運がいい。もう、来る頃だ」 「え?」 カランカラン 「おや……? マスター、今日は随分と盛況だね」 ドアが閉じる音と共に現れた若い男は普通の高校生だった。 いや、それだと少し語弊を生むだろうか。少ない語彙を駆使すれば、ウェーブのかかった長い髪を一部バレットで留めている。整った顔立ちは女顔と言ってもいいが、男だと分かる骨格はしているし声音はちゃんと男だと分かる。 仕草が中性的、あるいは洗練されているというのだろうか。 見目の良さがかえって浮世離れした雰囲気を醸し出していた。多分、いや、彼を美形というのだろう。 「お前の客だ、絢人」 マスターに絢人と呼ばれた男は、穂坂と飛坂を見るやいなや華やぐような笑顔を見せた。 「これはこれは……。君たちのような美しい人に必要とされるとは、この香ノ巣絢人、まだ捨てた物ではないね」 けど、確実に男は眼中にないな。スタスタと俺を無視して穂坂と飛坂のいるテーブルに向かう香ノ巣に俺はどうしたものかと考える。もしかしたら俺が正式な依頼者と伝えないのがいいのではないのだろうか。 そう考えながら俺は四人のいるテーブルを見ると、近付く香ノ巣に燈治が訊ねた。 「まさか……情報屋ってのはお前か?」 「美しい人たち……。よければ、名前を聞かせてくれないか?」 「え……? あ、あの、わたしは穂坂弥紀と言います」 「……あたしは飛坂巴よ」 「弥紀くんに、巴くん……ね。素敵な響きだ……。とても、よく似合ってる。美しい人たち、今日は一体、この僕にどんな―――」 「……ちょっと待て」 サクッと自分の質問を無視された燈治が低い声を出す。 するとそれまで上機嫌に二人を褒めちぎっていた香ノ巣の表情が一瞬燈治を見て歪んだ。 「おい、いまあからさまに嫌そうな顔しただろ」 「いやいや、そんな事はないよ。ええと、そこの……二人? どうしてもと言うなら君たちの名前も一応聞いておくけど?」 穂坂と飛坂にしか視界に入っていないのかと思っていたが、どうやら俺の存在にも香ノ巣はちゃんと気付いていたようだ。しかし言い方が嫌らしい。穂坂や飛坂みたいな対応をされても困るが、どうしてもと言われて答える奴がいるだろうか。 ただ相手は情報屋でこちらは依頼人。名乗るのが筋だろうか、と迷えば香ノ巣はフッと笑った。 「まあ、無理にとはいわないよ、七代千馗くん?」 「え?」 「近頃、鴉乃杜にやってきた謎の転校生。お目にかかれて光栄だよ」 名前を当てられた上に、光栄だなんて言葉を言われたのは初めてだ。 これも先程と同じ嫌味だと受け取るには驚きが勝って、口から出たのは、それはどうも、という何とも覇気のない声―――ついで小さな疑問も出た。 「でも、さっきの口振りだと男の名前なんて興味ないだろ?」 「僕はね、男だとか女だとかそんな些細な事はどうでもいいんだ。重要なのは美しいか否か―――ただそれだけさ」 そう言った香ノ巣が男でもゾッとするような艶のある笑みを向けるから、俺は半歩下がったが後ろはカウンターだったのでガツンと腰に角が当たる。こ、怖いぞ、こいつ! なんか怖い! 燈治も顔をひきつらせて「こりゃ、確かに一筋縄じゃいかなさそうだな」と呟く。 「そっちの君は、壇燈治だろ」 「なッ―――」 「まあ、男の名前なんてのはどうでもいいけれどね」 「それで、受けてもらえるのかしら? あたしたち、あなたに教えて欲しい事があって来たのよ」 埒が明かないと判断した飛坂が本筋に入った。途端に先程までのどうでもよさげな態を払拭して香ノ巣は「ああ、美しい人……何なりと。君が望むなら、僕の知りうる全てを教えよう」とアッサリ答える。 「ただし、条件がある」 しかし見目のいい女の子がいれば話を聞いてもらえるというのが正しかった。 「……わかってるわ。出来る限りの事はするわよ」 「美しい人、険しい顔もまた一段と美しいが、僕の望みなんて本当に取るに足らない事だ。君たちに不快な思いをさせたりは決してしない」 ここで言う君たちとは香ノ巣の目線から言って穂坂と飛坂のことだろう。 女性限定の条件となると、男である香ノ巣にとって好ましい―――例えば、頬にキスとか? まあその程度なら欧米では挨拶に等しいし、香ノ巣の見目が女の子の嫌悪感を吹っ飛ばすかもしれない。しかし内容が内容なら情報屋に依頼することを断念するつもりだ。 一体、どんな条件が飛び出すのやら、と四人の注目を一身に集めた香ノ巣は俳優のごとく言い放った。 「だから、さあ、僕を―――僕を、殴ってくれ!!」 →七 |